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昨日の「目の上のコブ」の文中、誤りがありました。

ここで、訂正させていただきます。

Mさんが、地元の市会議員に相談した、というくだりに、



なにより地元の市議会議員に相談しても、

「そんなことは知らん」という冷たい態度だったという。



と、書きましたが、詳しくお話をうかがったところ、以下のように言われたようです。



「ケンカしても、負けるだけだから仲良くした方がいい」



ケンカとは、会話の前後から「裁判しても」という意味だったようです。

裁判しても負けるだけなのだから、と決めつけ。

仲良くしろ、とは、つまり反対運動なんかせずにおとなしく諦めろ、

という意味なのでしょうか。

どのように解釈していいのか、その市議会議員は明確な言葉で説明することなく、

つねにあいまい態度をしめしていた、というのがMさんの受けた印象でした。



ここで、書き手として弁解させていただきますが、

その市議会議員についてのさまざまな情報が寄せられています。

その中には、彼が今回の産廃誘致の首魁であるのに、地元、真光寺の総会では、

「オレは産廃施設の計画なんて何も知らなかった」

「オレは産廃なんて、最初から反対だった」

というような発言をしているようです。

首魁かどうか、それはわかりません。

しかし、あまりにも多くのきな臭い情報が複数から聞こえてくるのです。

この狭い社会、そろそろ、その市議会議員は、表に出てきて、はっきりとしなければならない時期にきているのではないでしょうか。

これ以上、地元の人々を苦しめていながら、人の上に立とうなどと思ってはいけません。



自分の言動に責任を持つ。

それだけの理由で決断していただきたい、と思います。

次世代をになう子供たちに対する面目を保つために、とか

あるいは、市議会議員には、責務があるはず、とか

男なら、そうあるべき、とか

そんな口はばったいことは言いたくはありません。

ただひとつだけ言わせてもらうならば、自分に嘘をつくことの罪です。

自分が何者か、それすらわからなくなるのではないでしょうか。

そんな苦しみは、青春時代ならまだしも、

いい年齢になってわざわざ抱えてしまうことではありません。

自分に正直に生きるということ。

難しく考えることありません。

それを一度やってしまえば、とっても楽しい人生が待っているように思えます。

ぜひ、決断を。
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2005.04.28 / Top↑
産廃施設建設騒動のさなか、「勉強会」が催されたのは平成16年11月5日のことだった。

施設はほぼ完成し、破砕、圧縮などの重機が施設内に設置されていたから、

「時、すでに遅し」の状況にあった。

それでも、この勉強会は将来にわたって続くであろう「産廃問題」を考える上で

貴重な知的財産となったのは言うまでもない。

じつは、この勉強会はたったひとりの女性(Mさん)の呼びかけからはじまったのである。

この項では、そのMさんの動きを追うことで、大騒動にいたる流れを整理してみたい。

おそらくMさんがいなければ産廃施設はすでに何ごともなかったかのように操業し、

住民は不快な気分を押し殺しての生活を余儀なくされていたろうと想像される。

したがってMさんは、いわば業者、行政からみれば目の上のコブである。



Mさんは平成16年7月30日に開かれた真光寺地区の説明会に出席した夫の報告を受け、

すぐに強い危機感を抱いた。

自宅前の幅4メートルほどの道を産廃を積んだ大型ダンプが通過することになる、

というのである。

そればかりか、小学校にあがったばかりの長男が通学路にしている天王線も産廃の搬入路になると報告された。

Mさんの夫はすぐに知人を通して西二宮の情報を得た。

「西二宮の説明会では中山トンネルから入るから民家の前は通らないと越前工務店の社長は言っていたはずだ」

知人はそう言って、確認の問い合わせに走った。

「当時の区長に聞いたら、そんなことを言っていたかな、と首をかしげた。

そして、公道だから通ってはならんとも言えんじゃないか、

とあいまいに行政と同じことを言っている。どうも様子がおかしい」

と知人は感想を述べた。

この時点で西二宮の当時の区長は真光寺が搬入路になることを

越前工務店との事前協議の段階で知っていた可能性がある。

これは憶測に過ぎないが、そのことを隣の集落である真光寺に通達しなかったことが、

後に大きな問題に発展していったのではないか。

その結果として今年2月に急浮上した「西二宮に新しい道を造って搬入路としたい」

との行政側からの申し出を西二宮が拒絶できなかった理由がここにあったと思われる。

「西二宮にも責任のいったんがある」との意見が、

この4月24日の西二宮臨時総会であったのは、そのことをさすのだろう。

このことは本項の主旨から外れるので、ここでやめておく。



勉強会を主催したMさんは、田畑を耕し、のどかで、穏やかな暮らしができるからと、

過疎化する一方のこの地に、家族3人で島外から引っ越してきたのである。

しかし、林に囲まれた家での暮らしが一転、目の前の道路が産業道路化し、

幼い子の生命の危機が確実に迫ってきたのだ。

これでは何のために自然豊かな島に引っ越してきたのか、

と夫婦共に絶望的な気分に襲われたことは想像にかたくない。



こうしたIターンと呼ばれる人々を、佐渡市は大歓迎している。

少子化が進み、高齢者が増え続ける佐渡ではずいぶん前から行政が

率先してUターン、Iターン政策を推進してきたのである。

断っておかなければならないのは、Mさん家族がことさらに行政を頼りにし、

その力を借りて佐渡に引っ越してきたのではない。

生まれて間もない乳飲み子を連れて足を運び、

そこで得た知人との関係から佐渡移住を決断、

自らの力で真光寺という自然豊かな地を選んだのである。

地元の人々にも負けないほど、豊かな自然の残る佐渡の素晴らしさを

愛している家族なのである。

にもかかわらず、一切の説明もなく施設を造り、事後承諾のような形で、

「あんたの家の前を10トンダンプが通る」と、一方的に通告されたのだ。

仮に佐渡市が本気で少子化に歯止めをかけ、将来の高齢化社会を真剣に考えるならば、

Uターン、Iターンを決してないがしろにしてはならない。

そうした人々が佐渡で満ち足りた気持ちで暮らすことが、

さらにIターンを呼び込む力になるからだ。

しかし、このような仕打ちを行うことは、Iターン組に、

「どうせ“よそ者”だから、ないがしろにされるんだ。いやな島だ」

と愛情とは裏腹の憎悪だけを残すことになる。

たった3人の若い小さな家族だけれども彼らの希望を打ち砕くことは、

このインターネット社会では大きなマイナス効果になることを

行政はしっかりと認識しなければならない。



その頃の真光寺もまた、行政の言いなりになる可能性が高かった。

自治会役員の間でも「書類はそろっている。反対してもどうにもならん」

という意見に代表されるように,

「協定を結ぶしかない」と早くも諦めムードが漂っていたのである。

なにより地元の市議会議員に相談しても、

「そんなことは知らん」という冷たい態度だったという。

じつは、この市議会議員こそ、今回の産廃施設誘致に最初からかかわっていた,

と噂される人物であることを真光寺住民は後に知ることになる。

さらにMさんは佐渡市佐和田支所に出向くが、

担当者から「公道だから通るなというわけにはいかん」と、

冷たく突き放されたのである。

頼りにすべき人間がいないIターン組の悲哀を、

このときほど感じたことはなかったろう。



地元ではラチが明かないことを悟ったMさんは他の地区を地盤とする複数の市議会議員,

さらに佐渡の外海府地域で砂利採掘を巡って住民の反対運動が起きているが、

その運動の中心人物にも連絡を取り相談する。

そして、新潟市内の弁護士に相談するために単身、船に乗った。

こうした活動からMさんが得た結論は…。

「ひとりで反対しても白紙に戻すのは不可能。

住民がまとまって反対の声をあげるようにしなければ、何も動かない」

ということだった。

敵を攻める前に、味方を増やすこと。

これが住民運動の基本であることを、

過去において運動という名のある活動にかかわった経験のないMさんが,

肌身で知りえたことだった。

そこでMさんは、真光寺の子供会に相談してみたのである。

「子を持つ親」の意識は、地元であれ、Iターンであれ、共通するものである。

何より、産廃を積み込んだ大型ダンプが行き来するという天王線は、

道幅4メートルほどの歩道のない通学路である。

子供たちを、そんな危険にさらすわけにはいかないと親たちが考えるのは当然だった。

本来、少子化を憂いているのは行政である。

このままでは島は過疎化する一方だと言っている割には、

自分たちの社会の子供たちを守るどころか、

危険にさらすことを平然とやろうとしているのだから噴飯物としか言い様がない。



Mさんの説得に、真光寺子供会の会長の心が、動いた。

「真光寺自治会と連携して闘いましょう」

ここから流れは、大きく変わるのである。

真光寺、東山田の住民たちが、業者、行政のやり方に

「おかしい」と声を上げ始めた。

これが、平成16年9月ことのことである。
2005.04.27 / Top↑
実現しえない期待する気持ち捨て、状況を正確に把握しなければならない。

西二宮に新しい道を造成し、そこを搬入路とすることが早晩、決定するだろう。

なぜなら西二宮住民の多くは、こう考えているからだ。

「このままでは強行突破され、西二宮の砂利道は言うに及ばす、

真光寺、東山田の道も通ることになる。

そうなると最悪である。

西二宮には真光寺、東山田に迷惑をかけた責任があるのだから、

西二宮に新しい道を造ることで決着をつけるしかない」

その方針で道路建設予定地の地権者に報告する。

「集落の総意であれば、いたしかたない」と、強硬に反対論を唱えていたその地権者も折れるであろう。

こうして懸案だった搬入ルート問題が解決することで、一気に操業へと向かうことは目に見えている。



問題は、そこからである。

監視態勢を早急に整えなければならない。

5年後、施設の操業の更新を保健所が、認めるか、否か、そこにかかってくる。

保健所の立ち入り検査もあるが、これはなにひとつ期待することはできない。

なぜなら事前に「○月○日に検査する」と業者に連絡するからである。

検査とあれば、業者は突貫工事まがいに、施設内を塵、芥ひとつなく清掃するであろう。

そのような検査で問題が出てくるはずもない。

水質検査にしろ、業者が自ら行い佐渡市に報告するという協定が結ばれているようだが、

もっとも安全な日を選んで水質検査をするに違いない。

検査とは、つねに抜き打ちでなければ意味がないのである。

それができるのは、住民だけである。

関係する地域の住民が一体となって施設を監視して、問題点が見つかれば、

そのつど保健所へ訴え出ることである。

その積み重ねが、5年後の結果となって表れる。



「産廃問題、ゴミ問題の根本解決は、施設建設の白紙撤回しかない」

これは、新潟県のゴミ処理問題に深くかかわってきた人物の言葉である。

ゴミ処理場を造れば、ゴミが減ると多くの人が勘違いしている。

いや、国がそういって国民を欺いているのである。

産廃施設を造れば造るほど、逆にゴミは増える仕組みなのだ。

施設の維持管理、巨額の投資資金の回収を考えると、ゴミは増え続けてもらわないと業者は成り立たない。

したがって政府は製品と称するゴミをつくって金儲けしているメーカーを野放し、

というより結託して、そのツケを美しい自然の中で暮らそうとしている人々に回しているのだ。

本気でゴミを減らそうとするのならば、

ゴミを作り出している大元であるメーカーや企業の蛇口を締めなければならないのである。

もちろん、大量生産、大量消費、経済優先の暮らしにどっぷりとつかってしまっている国民が、

みずから産廃施設を呼び込んでいることも認識しておかなれば公正な態度とはいえない。



だからこそ、住民一人ひとりの意識を高めていくことである。

これがゴミ問題を解決するための根幹をなす。

そうした意識を持った住民が一体となったとき、産廃問題は初めて解決の方向へと進む。

もちろん、西二宮が懐に抱えている500万円も、おのずと返されることになるだろう…。
2005.04.24 / Top↑
今日は産廃問題から離れることにする。





ある女性から電話をいただいた。

雑談していると、突然、こう言われた。

「あなたは、大人の女が泣くってこと、わかる? あなたにはわからないでしょうね」

「え? なんでしょう、突然、ほこ先がこちらに向きましたね」

「だって、あなたは、『酔漢妄想記』で、女のことをチクチクと書いているでしょう」

知人が毎月発行している小冊子に寄稿している私の雑文を読んでくださっているようである。

「あらら、読んでいるんですか?」

「そうよ」

「あれは、読み物です。遊びですから、そんな大げさにとらないでください」

そう言って、笑ってごまかしたが、

「いやいや、本気で書いているでしょう」と、なかなか手ごわい。

話題を変えなければいけない。

「Kさんは、佐渡におられるんですか?」

旦那さんのKさんはたいへん忙しい方で、島外に限らず、国外にも出かけて行くから、なかなかゆっくり会うこともない。

「いますよ。今は、ちょっと外出していますけどね」

「たまには、一緒に飲みたいんですけど、いいですか?」

「あら、いいわよ。ぜひ、お越しください」

「うれしいな、そう言っていただくと」

「なに、言ってるの。いつも待っているんですよ」

この方とは佐渡で知り合い、十年来のおつき合いである。

辛辣なこともはっきりと口に出せる優しさの持ち主だから、会話していても楽しい。



ある年齢に達すると、小言を言ってくれる人がいなくなる。

三十代までは、「それはダメだな」などと警告を発してくれたり、

叱責を含めた小言を言ってもらえるのだが、四十代になると、そのような機会が激減する。

人間には小言を言われる年齢制限のようなものが暗黙の中にもあるようである。

だからこそ電話をいただいた女性のような存在は、とても大切である。

「あなたには、わからないでしょうね」

この言葉の続きを伺いに出かける日が待ち遠しい。
2005.04.22 / Top↑
前回、「指導要綱」の第3条、事業者等の責務について書いた。

では、そもそもこの「指導要綱」の目的は、どう定められているか。

第1条に、それが示されている。

「この要綱は、事業者及び産業廃棄物処分業者(以下「事業者等」という。)が行う産業は器物処理施設の設置及び維持管理に関し必要な指導を行うことにより、産業廃棄物の適正処理を推進し、もって生活環境の保全及び公衆衛生の向上に資することを目的とする」



業者に対して県の役人が必要な指導を行うことによって、生活環境の保全の向上を目指すのが、この法の精神である。

では、いま県の許可によって操業寸前までことを進めてしまっている状況を、どう見るか。

家の前の4メートルほどしかない道を産廃を積んだ10トンの大型ダンプが、毎日のように通過する。

騒音、振動、歩行者に与える圧迫感と危険性…。

さらに言えば、佐和田支所のO建設課長が「大型車が通るのは違法」と認めた道路、天王線は通学路になっている。

歩道もない、大型車がすれ違うことも出来ない道幅4メートルの道を学童が通学する。

その横を10トンダンプが往き来するのである。

これを説明もなく強要しようとした県のKセンター長、佐和田支所の役人に伺いたい。

あなたたちのいったいどこが、どう「生活環境の保全の向上に資」しているのか?

向上どころか、生活環境の破壊者ではないか。

この「指導要綱」を守らせるべき立場の人間が、鼻から守ろうとしていないことが、今回の大騒動の原因になっているのは言うまでもない。

そこをしっかりと認識していただかないかぎり、この大騒動の解決する手段はないのではないか。



話を、ふたたび「同意はいらない」とする根拠について考えてみる。

「指導要綱」の第6条には、立地等に関する基準が定められている。

「事業者等は、産業廃棄物処理施設の設置等に当たっては、別表第1に定める立地等に関する基準を遵守しなければならない」

そこで、別表を第1を並べたいが、9項目あるうちの関係の深い項目に絞る。

(6)関係市町村及び地域住民等を対象とした産業廃棄物処理施設の設置等の計画に関する説明会を開催すること。

(7)事前協議書の記載事項について、次に掲げる者の承諾を得ること。

ア 産業廃棄物処理施設の敷地に隣接する土地の所有者及び権原に基づき現に当該土地を使用している者

イ 産業廃棄物処理施設の設置等により生活環境に影響を及ぼすおそれのある地区の代表者

ウ 産業廃棄物処理施設から排水を放流する場合は、放流先の河川、水路等の管理者(建設大臣、知事及び市町村長を除く。)、水利権者及び漁業権者(漁業権者を構成員とする団体がある場合は、当該団体)



「同意はいらない」どころか、説明会を開いて、地区の代表者の承認を得ること、と明確に示されているではないか。

事前協議では西二宮地区の代表者の承認を得たのは事実である。

しかし、肝心の産廃搬入ルートになっている真光寺地区の住民には説明もなければ、地区代表者の承認も得ていない。

にもかかわらず、厚顔ぶりを発揮して、いまだに「同意はいらない」とする県のKセンター長が根拠としているのは、次の項目にあると思われる。

第6条の2項である。

「前項の場合において、知事は、産業廃棄物処理施設の設置等が生活環境に及ぼす影響を考慮して支障がないと認めるときは、前項の基準の一部を適用しないことができる。」

この項目が何のために存在するのか、わからない。

これまで積み上げてきた項目を一切否定しかねない文言である。

これが「同意はいらない」と繰り返し言い張る唯一の根拠になっているとしか思えない。

だからこそ、こちらも繰り返し言わなければならない。

産廃を積んだ大型車が生活道路や学童の通学路を往来することが、「生活環境に及ぼす影響を考慮して支障がない」と判断できるのか。

そんなことは知事に聞いてみるまでもないことなのだが…。



これほど住民をバカにした県、市の役人をもった佐渡の不幸。

これを今回限りで断ちきらなければ、子、孫たちに申し訳が立たないのではないか。
2005.04.21 / Top↑

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