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本日、「真光寺住民」さんからコメント欄にご報告の書き込みがありましたの

で、こちらに転載します。



 2月26日 真光寺地区自治会の総会において、金光議員がこのブログの記

 事や産廃問題経過説明について、釈明と謝罪を述べました。

 記事については、殆どが又聞きの内容で直接本人から聞いてた内容ではない、

 という事と市と各地域住民とで決まった西二宮メインルートの件は問題は何

 もないという事を、明言し総会において経過説明担当の市側も、同言の内容

 でありました事をお知らせします。

 ブログ管理者に対しましては、訂正記事を掲載させることになりますことも

 加えて申し述べております。



「真光寺住民」さん、ありがとうございます。

さて、釈明と謝罪があったとのことでございますが、具体的にどのような釈明

と、どの点において謝罪されたのか、教えていただけますか。

それから当記事について、「殆どが又聞きの内容で直接本人から聞いてた内容

ではない」と発言されたようですが、否定も肯定もされなかったということな

のでしょうか。

火のないところには煙はたたない、という言葉もあります。いまはモクモクと

煙が立ち上がっている状況にありますが、真光寺住民の方々は、金光議員の総

会における釈明と謝罪に納得されたのでしょうか。



わたしは佐渡の自治会のあり方について、たいへん興味関心を持っています。

公権力を頼らずに、自らの集落の中でものごとを解決していく力をもっている

ことに対して、その歴史の重みや、人間に対する見方に奥深さを感じ、とても

感心しておりました。

佐渡の自治組織には強い自浄能力を備えていると思っているのです。

しかし、仮に、その自浄能力機能が低下しているとなりますと、その自治会は

とても危険な状況になっていると思われます。

声の大きい者、力の強い者が支配して、しだいに不正義が横行する事態を招き、

個々人の意見は無視され、結果的に個人の生活環境はしだいに悪化をたどると

予想されます。

この件に関して、あるジャーナリストからメールをいただき、とても示唆に富

む言葉が書かれていました。

「新潟大学のある教授が講演の中で、『公共性のない空間ほど匿名性を求める』

ということを述べていましたが、佐渡にはそうした面があるのではないでしょ

うか。意見と感情を区別できない人も、多いのではありませんか」

 公の席では発言せず、非公式の状態になったら発言する。表と裏の使い分け、

それが『公共性のない空間ほど匿名性を求める』ということであろうと思われ

ますが、真光寺自治会には、そうした公共性の認識はおありでしょうか。

この「産廃施設問題」や「金光議員の疑惑」は、社会の問題であり、公共性の

問われる重大問題です。

わたし自身は、その認識から当ブログにおいて顔写真を公開し、本名も明らか

にした上で発言させていただいておりますが、真光寺自治会の総会という公の

場で疑惑解明の発言がなかったとすれば、まさしく「公共性」を失った「空間」

になっていると思われます。

したがって自浄能力さえも失っているのではないかと危惧されますが、いかが

でしょうか。



それから「市と各地域住民とで決まった西二宮メインルートの件は問題は何も

ない」とのことですが、たしかに佐渡市の調整によって西二宮がメインルート

となっております。

しかし、事態が変わりました。

西二宮ルートには私有地が存在することが判明していることはご存じのはずで

す。

佐渡市は「今後も市道として使用させていただけるようお願い申し上げます」

との申し入れ文書を一方的に郵送してきましたが、それに対して、地権者は

「私有地と公道との区別を明確にして使用していただきたい」と拒絶の文書を

佐渡市に直接出向いて、提出しています。

したがって現道のままでは通行は不能になるのは明らかです。

もちろん、佐渡市が道路を拡幅整備するというのならば、話は別です。

しかし、いち産廃業者の運搬車両を通行させるために税金を投入して工事を行

うとすれば、これもまた問題があろうと思われます。

そして、個人の住宅の防風林の役割を果たしている木立や竹垣を伐採して拡幅

工事をするとなると、行政が個人の生活を破壊していくことになりはしないで

しょうか。

西二宮の住民は「地滑り地帯」に指定されているために、自らの敷地の樹木を

1本切るにも新潟県の許可を必要とする状況に置かれています。

それらのことを考慮したならば、おいそれとは拡幅工事には着手できないはず

です。

何より拡幅工事をするまでもなく施設へ行く道は他にもあるのですから。

金光議員は、そうしたことを冷静に客観的に判断して、市議会議員の立場とし

て発言しているのでしょうか。



最後に「ブログ管理者に対しましては、訂正記事を掲載させることになります

ことも加えて申し述べております。」

とのことですが、当方、いつでも訂正の用意はあります。

詳しい確実な情報をお寄せいただければ、すぐに訂正いたしますので、よろし

くお願いいたします。

それから金光議員が当ブログについて反論、意見がありましたら、ここ をクリ

ックしてメールをいただきたいと存じます。

そのまま当ブログにて掲載することを、お約束いたします。
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2006.02.27 / Top↑


大騒動に発展し、いまだにすっきりとした解決の糸口が見えないままの丸5年

が過ぎようとしている産廃施設問題。



「できてしまったものは仕方がない」とばかりに佐渡市と事業者は、年度内に

住民と協定を結んだ上で本格操業を開始したいようである。



しかし、その前にやるべきことがある。



今回の問題に関してはわからないことだらけであり、さまざまな疑惑が取りざ

たされいるのに真相はいまだ薮の中にある。

ここを解明しておかないかぎり、住民は納得して協定を結べるはずもない。



協定が締結されなければ事業者は強行突破の操業という形になり、

“住民 VS 事業者”という対立構図はより激しさを増すのは当然である。



佐渡市が、この1年半以上にわたって“調整”してきた結果、集落間をゴチャ

ゴチャに引っかき回した上に怨恨だけが残されるということになりかねない。



今回の一連の騒動で不思議なのは、真光寺を地盤とする金光英晴市議会議員の

動きである。

公の席には姿を見せず、どのような活動をしているのか、さっぱりわからない

のだ。



そればかりか、金光議員については産廃問題にからむ、いくつかの疑惑が3集

落の中で公然と噂されているのである。



そこで金光議員には、その疑惑について答えていただかなければならない。

この2月26日に開かれる真光寺地区の総会において、どなたか、金光議員に質

問して欲しいのである。

金光議員もそれに対して真相の解明に協力し、住民が少しでも納得できる形で

協定締結の席につけるようにしていただきたいのだ。



まず第一に金光議員が「真光寺ルート」を知ったのは、いつのことなのか、と

いう点である。



金光議員自身は、平成16年7月に佐渡市の主催で行われた真光寺地区の説明会

だったと言っているが、これは事実なのか?



そう疑われてもしようがないのは、その説明会よりも8ヶ月ほど前に開かれた

旧佐和田町の『平成15年12月議会議事録』にある。

これを読むと、そんなことはあり得ない、と判断せざるを得ない。



『議事録』では、西二宮を地盤とする本間武男議員が、中川修町長に産廃施設

問題における搬出入路に関して質問している。



まず本間武男議員は冒頭で、こう述べている。



「業者の方では樹木を伐採して整備、あるいは道路については工事がもう始ま

っているわけですが…、(中略) 

西二宮本線については、地滑り地帯でもあり、道路も非常に大型の荷物満載の

車に対しては非常に弱いというか、そういうこともありまして、上にある北線

道路を使用してほしいというのが住民の要望であります」



この質問の中に重大な疑惑があることに、当の質問者が気がついていないのが

ひどく残念である。



平成15年12月の時点では、県から施設建築の許可が下りる前なのである。

建築許可が県から下りたのは平成16年2月19日なのに、それより2ヶ月も前の

町議会の質疑で「樹木を伐採して整備」、「道路工事も始まっている」と言っ

ているのだ。



このことは項をあらためて書くことにするが、この時点で佐和田町は実質的に

産廃中間処理施設の建設を認めていたことになり、ここに大きな疑惑が生じる

原因のひとつになっていることだけは強調しておきたい。



話を戻す。

問題は金光議員が、「真光寺ルート」を知ったのは、いつなのか、ということ

である。



本間武男議員の質問に対して中川修町長は、次のように答弁している。



「西二宮集落の一番上のY様宅入口までは道路改良が進んでおります。その地

点から中間処理施設までの間、おおむね500メートルについては今のところ改良

の計画がありませんために、大型車の通行は不可能かと思われます。12月2日

に事業を施工する業者から、当事業を施工する開発行為の事前協議を受けてお

ります。町では都市計画法第32条第1項に添って、国仲北線からの進入も含め

た協議を進めているところであります」



中川修町長の口からはっきりと「国仲北線からの進入」という言葉が出ている

し、続いて答弁に立った建設課長も、次のように答えている。



「12月2日に開発の事前協議では、北線からの進入路としてきています」と明

言しているのだ。



このやりとりを聞いている金光議員は真光寺が産廃の搬出入ルートにはなって

いないと確信していたのだろうか。



真光寺住民の期待を担って議員に選ばれているのだから、少なくとも「北線進

入路ということは、どこの集落を通るのか。真光寺ではないのか」と確認する

必要があったのではないか。

それもしなかったというのであれば、明らかに職務怠慢である。

怠慢というのなら、まだ罪は軽い。

しかし、真光寺ルートを知っていて黙認していたとしたら、疑惑は深まるばか

りである。



本人は真光寺の総会で「最初から施設建設には反対だった」といって否定して

いるようだが、金光議員は間違いなく産廃施設建設の推進派である。

なぜなら、西二宮地区に産廃施設建設の話を最初に持ち込んだのは、金光議員

(当時佐和田町議会議員)であったという事実による。



反対している者が隣の集落の区長を訪ねて、「よろしく頼む」と頭を下げるは

ずはない。



このことは当時(平成13年度)の西二宮の区長が「金光議員が持ってきた話だ」

と、はっきり証言しているし、西二宮では誰もがそう確信している。



しかし、当の金光議員はまるで逆のことを平然と言うから話が複雑になる。



「当時の西二宮の区長から相談はあった。産廃処理施設の計画が持ち上がって

いるが協力して欲しいと言うんだ。ところが、その区長が3日後に西二宮の総

会で採決をとった時に反対に回ったというんだ。こっちに協力してくれと頼ん

でおいて、反対とはどういうことなんだ?」



と、わたしに説明して、最後に質問する。



こういう話し方をする人をわたしは数多く知っている。



質問を受けている人間が逆に質問攻めで返していき、結局、謎だけを残していく

というやり方である。



本来は「反対とはどういうことなんだ?」とわたしに質問するよりも先に西二宮

の区長に抗議すべきである。



「協力してくれと頼んでおいて、反対に回るとはどういうことなんだ」と怒るべ

き筋合いのことである。



しかし、それも行った形跡はない。



そこでわたしが金光議員の話を当時の西二宮区長に確認してみると、

「それは逆だ。金光議員が最初に持ってきた話だ。産廃施設建設なんてオレが推

進するわけがない」

と言うのである。



なぜ、こんなに話が食い違うのか。

推進派ではないことを示したいためなのか?



疑惑は、それにとどまらない。

産廃施設建設の推進派の先兵として金光議員が西二宮地区にやってきたことによ

る“見返り”である。



この具体的な見返りについては越前工務店内部から情報が漏れ、真光寺を中心に

3集落にわたって公然と伝わっている。

ここでは触れないでおくが、傍証として越前工務店の社長の言葉をあげておく。



越前工務店社長は昨年12月、西二宮集落センターを訪れ、西二宮役員の前で金光

議員との関係について、こう証言しているのだ。



「金光議員とは、彼がI建設に勤めていたころからよく知っています。今回の問

題でもいろいろアドバイスを受けました」



この話の中で越前社長はアドバイスの中身にも触れているが、要するに金光議員

と越前工務店社長との関係が深いということだけを明らかにするだけにとどめて

おく。



その越前工務店社長が、産廃施設の建設操業を断念した時期があることは、これ

まで何度も触れた。

西二宮住民が圧倒的多数の反対票を投じて施設建設に絶対反対の固い意思を表明

し、同意を得られないことに業を煮やし、施設建設を断念したようである。



しかし、それがなぜ、再びやる気になったのか?

そのことは、当ブログの昨年12月16日付けの『虫のいい話 ~ 騙す側の論理』

で、次のように書いた。





 越前社長自らがある人物に語った話によると、断念していた越前社長のもとに

 3人の人物が訪ねてきたという。

 佐和田町の町政幹部と町議会の議員2名である。



 彼らは、こう言ったと、越前社長は、漏らしているのだ。



 「とにかくハコを作れ。道はこっちがなんとでもする」



 町政、町議会の力のある人間から、こう言われれば、やる気を起こすのも当然

 であろう。



 この強力なバックアップを得た越前工務店は、西二宮地区にはなんの説明もし

 ないまま平成15年9月19日に施設建設予定地の森林を伐採する「届出書」を佐

 和田町に提出した。

 その書類の「伐採跡地の用途」の欄には「産業廃棄物処理業の施設敷地」と明

 記されている。

 「ハコ」作りを開始したのである。





では、この町政に関わる3名とは、誰か?

8団体(真光寺、西二宮、山田高野、山田尾山の各集落、真光寺子供会、JA佐和

田、土地改良区、水と緑を守る会)による連絡会議の席上、確かな筋からの情報

として3人が実名で上げられたのである。

その中に金光議員も含まれているのだ。



こうした事実があるのかどうか、金光議員は公の場で答えるべきである。

「そんな事実はない」というのなら、それでもいい。

とにかく、公の席できっちり説明をしなければ真光寺住民が納得しない理由があ

るのだ。



その理由とは、“真光寺ルート密約説”である。



「道はこっちがなんとでもする」と、3人の人物が立ち会って約束したようであ

るが、その後の経緯を見ていくと、産廃の搬出入ルートは、北線進入路建設まで

じつに段取りよく運ばれていくのである。



その時、金光議員は「ルートは真光寺がもつ」と約束しているのではないのか?

それが“真光寺ルート密約説”である。



このことについても金光議員は2月26日に行われる真光寺地区総会で説明しなけ

ればなるまい。

なぜなら、金光議員が管理する神社の参道拡幅計画が、その“真光寺ルート密約

説”の根幹にあるからである。



これについても、昨年8月3日の当ブログで『熱い夏 ~ 急浮上! 参道拡幅

問題』
と題して詳細を述べている。



要するに県の中間山地事業によって参道を拡幅した場合、真光寺ルートは1軒の

民家の前を通ることなく、産廃施設に行けることになるのだ。



しかし、参道を拡幅することによって真光寺が産廃ルートにされるのではないか

と察知した真光寺子供会が「参道拡幅反対」の署名活動を開始した。

さらに、参道拡幅のために私有地の提供を求められた地権者が「参道を産廃ルー

トにしないと確約できるのなら判を押すが、そうでないのなら拡幅には反対する」

と固い意思を表明したのである。



こうした猛烈な反対行動によって参道拡幅事業は流れることになったが、金光議

員はギリギリまで地権者を説得するために何度訪ねたことか。

これによって参道経由のルートが実現不能になり“密約”も反故されることにな

ったが、ブログには、こういう証言も書き添えてある。



「西二宮が産廃の搬出入ルートを断った時点で金光議員が越前工務店に、ルート

は真光寺を使えばいい、と言っていたはずだ。その証拠に昨年(平成16年)6月、

参道拡幅事業の内容を変更している。参道から産廃施設に向かう大型車が通りや

すいような道筋に変えているんだ。誰が見ても、あの道は産廃ルートだよ」



真光寺に住む地元の人間が断言しているのである。



「参道拡幅事業の内容を変更」をなぜ行ったのか、それについてもぜひうかがっ

てみたいところである。



そして「参道経由の真光寺ルート」が流れたあたりから西二宮への風当たりが強

くなり、“西二宮メイン”という言葉が出てくるのだから、西二宮地区住民とし

てもその真相をぜひ知りたいものだ。



その結果、西二宮住民から怒りの声が上がっていることもつけ加えておく。



「なんで西二宮が金光議員の持ってきた話の尻ぬぐいをしなければならないんだ」



こうした声も踏まえて、住民が納得したうえで事業者と協定を結ぶためにも金光

議員は、こうした数々の疑惑について弁明していただきたいのである。



これは協定まで何としてでもこぎつけたい佐渡市の悲願でもあり、地元真光寺の

住民の願いでもあるはずである。
2006.02.24 / Top↑
不安を与えたり、疑心を抱かせると、人は思わぬ行動に出るものだ。

それが幼子を殺すという残忍な行為になるのかもしれない。

その行為自体、許されるものではないけれど、人の心をかき乱すほどの不安に

落とし込めたまわりの言動についても検証しておかなければ、同じ悲劇が繰り

返されていく。



西二宮は、2月3日に佐渡市に産廃施設の問題について申入書を提出した。

住民の不安な気持ちを込めた5項目の質問である。

切迫された状況下にある住民のためにも2月13日までに回答をお願いしてある。

ところが、佐渡市からはなんの返答もない。

回答が遅れる、との連絡もなく、すでに回答期日とした日付から8日が過ぎて

いる。

回答の難しい質問ではない。

佐渡市がこれまでやってきたことに対しての確認の質問ばかりである。

その理由をうかがっているだけである。

(申入書については、ここをクリックして参照してください)

しかし、なんの音沙汰もないのだ。

その結果として西二宮住民は、無視されているとの不安な思いをしだいに強く

している。

握りつぶされるのではないかとさえ、疑っているのだ。

こうした状況に追い込む佐渡市のやり方が得策であるはずがない。

回答が遅れるのなら遅れる理由を説明すべきである。

それで人の不安を解消するはずなのだが、1本の電話も惜しんでいる。

とすると西二宮住民が態度を硬化させるのは、当然である。

少なくとも佐渡市が産廃運搬のメインコースにしようとしている西二宮ルート

現道の私有地地権者の心を頑なにさせ、住民が一体となって地権者を支援する

態勢を作らせるだけではないか。

佐渡市は、それも想定して回答もせず、だんまりを決め込んでいるとしたら、

あまりにも悪辣である。



このままいたずらに不安をかき立てていけば、地権者は自らの権利を守るため

に現道に存在する私有地との境界に杭を打ち込み、産廃業者と佐渡市に対して

の闘争へと向かわざるをえないのだ。

仮に西二宮ルートが実質封鎖されることになれば産廃業者は他の2ルートを通

行せざるを得ない事態になる。

そうやって西二宮の態度を硬化させ、近隣集落の不安までかき立てていること

に佐渡市は気がついているのだろうか。

もちろん、気がついているだろう。

佐渡市は西二宮を“悪者”に仕立てあげて、

「問題の解決に精一杯努力したが西二宮の態度が悪いから、これ以上は無理」

と逃げを打つつもりだとしたら、とんでもない話である。

いたずらに集落同士の諍いの種をまき散らしただけで、行政のあるべき姿から

はかけ離れた結果を生みだしただけにすぎない。

ボタンが掛け違ったままにしているのが、根本原因なのだから、住民にばかり

無理難題を押し付けて不安ばかりを与えている限り、この産廃問題はすっきり

とした形では終わることはない。

そこを肝に銘じ、西二宮に対して速やかに回答していただきたい。
2006.02.21 / Top↑
やるべきことが塔のようにそそり立っている。

湿った真綿がグイグイと胸に押し寄せてくるような圧迫感は、久しぶりだ。

ピサの斜塔が、こちらに向かって倒れてきそうである。

ちっとばかり大きな風呂敷を広げすぎたか。

アレも、コレも、ソレも、中途半端のまま投げ出してある。

それほど大きな獲物でもないのに「寝かせておくか」などとのんびり構えてい

るからいけないのだな、と考えつつ煙管の掃除を丹念にやる。

掃除が終われば、一服して思索、二服して空想、三服目には妄想するだけで、

手が動いていない。

そして、今度はライターを丹念にみがき始める。

そうやって時間をやり過ごしているうちに、あけぼの、朝ぼらけ、完全に太陽

が顔を出してしまわないうちにそそくさとベッドにもぐり込み、読みかけの本

の山から一冊とりだして眠気が忍び寄るまで読みあさる。



冬は、煙草のうまい季節だ。



煙管と小粋と愛用のライター
刻み煙草『小粋』と使い込んだ煙管、そして仕事部屋だけで使っているライター。



刻み煙草
『小粋』の中身。これで320円、五日間楽しめる。世界でも最も細く刻まれた煙草だそうだ。やわらかく詰めると甘さがひろがり、固く詰めると辛い。一服一服味の変わる無常の世界…。
2006.02.17 / Top↑


日本の各地をずいぶん回った。

ひとりで歩くことが多く、日がとっぷり暮れてから夜の街を徘徊し、小料理屋

をさがすのが、旅先での楽しみだった。



路地にいい店がひっそりとあって、そこで酒を飲みながら食事を済ませる。

和服姿の女将が切り盛りしている店を探しだせた時は、気分がいい。

そうではなくても職人気質の店主がうまい郷土料理を出してくれる店に当たっ

たときも、嬉しいものだ。



見知らぬ街の初めての店だから入るには、それなりに勇気がいる。

そんなときに判断の基準になるのが、店構えだ。

シンプルなのが、いいようである。

そこを基準にしてこの店と決めて入ると、あまり外れはなかった。



ところが、近ごろはどこへ行ってもビルが建ち並び、いい店も、そうでない店

も、ビルの中におさまっているから店構えを見て判断することができなくなっ

た。

街の再開発だとか、区画整理だとか、そうした言葉を聞くたびに、また路地が

消え、小料理屋もビルへ吸収されるのかと忸怩たる思いがする。



さて、店構えである。



『りきすし さわた』も、寿司屋らしい店構えで、じつにシンプルである。

入ってすぐに眼に入るのが、寿司屋の命といわれるカウンター。

これは欅の一枚板のようだ。

木材の価格についてはよくわかっていないが、かなり値が張るのだろうとは想

像がつく。



それを前に腰を下ろしただけでも親方の寿司に賭ける情熱と心意気が伝わって

くるから、こちらも真剣勝負である。



と表現すると、やけに堅苦しいイメージを与えかねないけれど、心配すること

はない。

その柔和な顔つきと、たまに外しかねない駄洒落をまじえた話しっぷりは決し

て人を緊張させることはない。





寿司屋といえば寿司種の入ったガラスケースがすぐに浮かぶが『りきすし さ

わた』には、それがない。

ないから親方の包丁さばきがカウンター席から丸見えである。

その仕事ぶりを見ているだけでも楽しいが、見られる側は、よほどの自信がな

ければ務まらないだろうと思われる。



ご存じの方もいるとは思うけれど、この店構え、“完璧な寿司”を目指してい

る伝説の寿司職人、小野二郎さんが築いた『すきやばし次郎』の造りを模範に

している。



銀座のこの高級店に建築士を連れ立って何度か訪れ、造りや店内の雰囲気ばか

りではなく、小野二郎さんの立ち振る舞いや仕事ぶりをじかに焼き付けてきた

ようである。



この意気込みを知れば『りきすし さわた』の親方が、どんな仕事を目指して

いるか、よくわかる。



いわゆる江戸前の寿司である。

それはごまかしのきく甘い酢飯の田舎寿司とは違う。

甘さを抑えたさっぱり系の酢飯で寿司種も広範囲でありながら、ひとつひとつ

の仕事に緻密さが要求される。



たとえば、佐渡でも春になると揚がる「しろうお」。

尾頭をはずさず、身を崩さないように細心の注意を払いながら湯に通し、寿司

種にするなんてのは、江戸前の寿司を目指す心意気のなにものでもない。

面倒なばかりでトロやウニなどのような味に衝撃のない寿司種に、彼は精根

を込めているのだ。



春の訪れとともに食べたくなる握りだが、これはその日の運しだいである。

う~む、食いたくなってきた。



ともあれ、店構えは、主の心意気を表しているのだから、そこを見きわめるの

も、客の心得というものであり、寿司屋遊びの楽しみ方でもある。
2006.02.12 / Top↑

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