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孫娘の話を書いたりすると、

「眼に入れても痛くないほど可愛いのだな。親バカならず爺バカめ」

と思われるのもシャクだから書きたくないのだが、

ちょいと面白い話があったので書かずにはいられない。



一昨日の夜の食卓で、わたしがご飯のおかわりをした時のことである。

黙って2膳目を口に運ぼうとしたら、

「あのね、ご飯をもらったら、サンキューって言わなければいけないんだよ」

と、4歳の孫娘がわたしをたしなめるのである。

親や保育園の先生に言われていることを、そのままわたしに言っていることは

わかるけれど、この子は口うるさい女になるのだろうな、と将来を憂いながら、

こう言ってやった。



「オレはね、日本人だから、サンキューなんて言わないぞ」

すると彼女は、「ふ~ん、そうなんだぁ~」と、気のない相づちのようなニュ

アンスで返してきた。

じつは、この「ふ~ん、そうなんだぁ~」は彼女の婆の口癖で、その口調をマ

ネて言っていることに気がついたときは大笑いさせられたが、

この時は本気で注意しようと思った。

小さな子供が大人や目上の人から何かをしてもらったときは「ありがとう」と

言うべきで「サンキュー」などとカタカナで言ってはならない、と思ったのだ。



「日本人なら、ありがとう、と言わなければいけないんだぞ。

I(孫娘の名前)は、なに人だ? アメリカ人か?」



食事をする手を止めて、しばらく考えている。

そして、おもむろに言った。



「#%&('$$#'" じんだよ」



聴き取れない。

耳慣れぬ国の名称を言ったのだろうか、と思いながら、もう一度訊いてみた。



「うん? なにじん?」



「ほ・い・く・え・ん・じ・ん」



「うん?」



「だから、ほいくえんじん(保育園児ん)だって」



これには、まいった。

笑いのツボにズバーンときた。

笑い転げているわたしを見て、孫娘も大笑いしている。

この瞬間に憂いもなにもかも、吹っ飛んでしまった。



そして、考えた。

もしかしたら、これが眼に入れても痛くない爺バカ状態なのだろうか…。

そんな我が身を、大真面目に憂いているのである。
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2007.03.31 / Top↑
某日

4歳の孫娘に向かって「愛してるぅ~」と、韓国の俳優のマネをして言ってみたら、

「あのね、あんまり、愛しているって言わない方がいいんだよ」

と、たどたどしい言い方だったけれど、毅然として言うのだった。

「どうして?」と尋ねると、彼女は真剣な眼差しで言うのだ。

「愛している、愛してるって何度も言うと、嫌われるんだよ」

「へえ。嫌われるのか」

「しつこいとね」

「…」



なぜ、こうした駆け引きに似た言葉がすんなり出てくるのだろうか?

女は生まれながらにして女である。

と言ったのは誰だったか。

孫娘のすました顔を見ながら、そんな言葉が浮かんだ。



すでに春の芽生え…。





某日

梅のつぼみがふくらんできた。

散歩する足取りも軽くなる。

連れの犬がやたらと鼻息を荒くして進むので何事かといぶかしんでいたら、あざやかな金

色をした毛におおわれた動物が草むらに仰向けになって死んでいた。

喉元にぽっかりと穴が開いている。

のぞき込んだら、蝿のような虫がたかっていた。

おそらくテンだろう。

犬がテンの急所である喉元にかみついて絶命させたにちがいない。



仰向けのテン
テンの顔





























散歩を続けながら考える。

人里近くまで忍び寄ると、こういう結果になるとテンたちも自覚してくれればいい。

そうすればニワトリや人里に生息するキジも減ることもない。

しかし、近ごろは野犬もいないし、放し飼いも禁止とされているから、人里は天敵のない

テンの天下となっている。

木登りの巧みなテンにかかれば、放鳥されるトキも餌食になるに違いない。



と、考えて、立ち止まる。

テンの天下?

一匹でもテンとは、これいかに?

珍しくもないのに珍宝というが如し、などと禅問答もどきのくだらないことばかりが頭に

浮かんでは消える。



春である。





某日

農民音楽家、フジイタカユキ氏がCD『すいへいせんからのぼるつき』を発表した。

彼の熱烈なるファンが中心となって勝手連と言っていいような後援会が組織されようとし

ている。

その後援会の要望に応えてライブやら音楽指導をしなければならない状況も生まれる。

音楽と農業の両輪を回し続けなければならない“芸農人”である彼には大変なことだろう

と思い、尋ねてみた。

「それは可能なことなのかい? 奥さんも承知しているの?」

すると彼は胸を張って格好よく言い切った。



「サジは投げられた」



どこか変である。

違和感がある。

「それ、違うような気がするな」

「なんでしたっけ?」と彼が首をかしげる。

「たぶん、サジではなく、サイじゃないの」

「ああ、サイは投げられただ、ガハハ」

おそらく「奥さんは承知?」という言葉が彼の思考回路に不具合を生じさせ、

「サイは投げられた」とハードボイルドに決めたつもりが、

「サジは投げられた」と、フーテンの寅さんになってしまったのだろう。

もしかして本当にサジを投げられているのだろうか。



春なのに…。


2007.03.28 / Top↑

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