上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
わからん。

川柳がわからん。

早くも壁にブチ当たった。

この単純なる五七五のなんと奥行きの深いことか。



第三回戦では、四句投稿して全滅、みごとに玉砕。

玉砕なんて言葉を軽々しく使ってはいけないか。

まるで全力を尽くして砕け散ったように思われる。

ちょいと調子に乗ってしまった感もいなめないのだ。



 聖火リレー オレが星野だ かかってこい



なんて川柳を送ってしまった。

現役時代の星野仙一氏をイメージすれば、これぐらいの意気込みであろうと想像したが、じつはある番組で星野氏は、こんなことを明かしていたのだ。



「現役時代からチベットにいろいろな形で支援してきた。チベットの僧侶にもたくさんの知り合いがいる。聖火ランナーを引き受けたときには、こんな事態になるとは予想もしていなかった…」



苦渋に満ちた表情で語っていた。

なのに、あのような川柳を作ってしまった自分の軽さを大いに反省したのである。





で、翌金曜、モーニングゲートの『金曜オーディション』終了直後、奇楽庵からメールが届いた。

タイトルは、「祝落選」である。

昔からFMポートを聴いていた奇楽庵には、あらかじめわたしが投稿した句を送ってあるから、そのコーナーが終わった時点で結果がわかる。

それにしても「祝落選」はないだろう。

しかも、ていねいにも「落選」の後に爆弾マークがついているのだ。



ところが、本文を見て、心臓がパクンとした。

そして、身は小躍り。

「サクラマスでもやりますか」とあるではないか。

そして文末には、お酒マークがついている。



サクラマスってのは、なかなか釣れない魚ときいている。

釣り師の間では「幻の」という冠をつけたくなる魚らしい。



わたしはずいぶん前、外海府の高千に住む男性から

「5月に川を遡上してくるサクラマスをヤスで突くのだ」

という話を聞いたことがある。

ゴーグルとシュノーケルをつけて全身を川の中に沈め、静かに魚影を追う。

そうやって仕留めるのだが、5月の川の水の冷たさは尋常ではなく、顔面は麻痺状態になるらしい。



そこまでしてもなお、このサクラマスは仕留めたい魚だというのだ。

そして、彼は冷凍してあったサクラマスを1本手にし、「これ、持ってけ」と気前よく渡してくれたのである。

そのうまいことと言ったら、これまた尋常ではなかった。

わたしが佐渡に住む以前のことで10数年も前の話である。



その記憶がよみがえった。

さっそく奇楽庵に「ニクウヒルズでよろしいか」とメールで返信した。

ニクウヒルズとは、わたしの住む地域が二宮(にくう)であり、山すその尾根に位置するので勝手に「ニクウヒルズ」と呼んでいるのだ。

そのニクウヒルズでサクラマスである。

なんだか、高級住宅地で高級品をいただくイメージである。



ご近所さんの農民音楽家にもひと声かけた。

「ラジャー」の一発返信で即決。

後から聞けば、山の中で山菜を採取していたらしい。



これは酒を呑んでからの話だが、彼は急斜面に繁茂するウドを狙ったというのだ。

しかも、そのウドはなんと、ほとんど崖のような急斜面の30メートルの高さにあった、というのである。

それを大回りして、木の根に足をかけ、枝につかまりながら横へ進み、ウドの群生ポイントへ向かう。

ポイントに到着したら左手で枝につかまって身を支え、右手のナイフでウドを採取する。

聞いているだけで、冷や汗ものである。



なんてことを思いつつ、「ホントに30メートルの高さ? それは恐ろしいね。一歩間違えば死ぬね」と確認したら、彼は、こういった。

「う~む、釣り師は過去の栄光を語るときは手をしばっておけ、と言いますね。50センチのものは、だいたい1・5倍から2倍になるでしょ。ま、そんなもんですな。がはは」



ということはだいたい想像はつくけれど、それにしても、

高千のサクラマスも、真光寺のウドも、壮絶なる闘いの末の逸品ということである。



まずは、その急斜面での格闘の末のウド、そしてコゴミとシイタケの天ぷら。



山菜の天ぷら



ウドの香りが素晴らしい。

もちろん、米の粉で揚げたもので、サックサクである。



















そして、これが奇楽庵が釣りあげて、さばき、自ら作陶した大皿に盛り付けたサクラマス。



サクラマス

なんとも美しい。

まさに桜色の輝き。







 幻の ステッカーより 桜鱒























<
スポンサーサイト
2008.04.28 / Top↑
明日は早くもモーニングゲートの『川柳』の金曜日だ。

困ったことに、時の流れが猛烈に速い…。

もうひとつ、さらに困ったことがある。

世の中のすべて、森羅万象を「五・七・五」にはめ込むクセがついたことだ。



夕方、NHKのテレビ体操が始まったのを見て、

「テレビ体操、7字か…」なんてことをごく自然にやっているのだ。

これはまずい。



「五・七・五」は、日本人にとっては抜き差しならぬほど体に染みついた基本のリズムである。

それだけに、このリズムで書くクセがつくと、その調子のよさですらすらと読んでしまえる文章にしかならない。

ひっかかりも、違和感もない。

読後にも、なにも残らない。

のっぺりである。



困ったぞ、明日の納期に、間に合わん。

なんて文章ばかりになってしまう…。



そんなことはないか。

冗談はさておき、あの「大爆笑幻のアイテム」である「モーゲーステッカー」は、大賞をとらねば、もらえぬことがわかった。

うかつであった。

川柳を送り、ついでに「ステッカーください」と書けば、そのままいただけるのだとばかり思っていたのだ。



悪いことに先の『川柳、2回戦』に「月夜のポンポコリンさん」から頂いた「ステッカーぜひゲットしてブログにアップしてください」とのコメントに、わたしは「やりがいがでてきました」なんて調子に乗って書いてしまった。

月夜のポンポコリンさん、どなたか存じ上げませんが、無理です。



なにしろ審査委員で審査委員長の遠藤麻理さんは、美しい句を好むのか、と思えば、ご自身の作句ではオヤジも真っ青になるギャグの味付けをしてきたり、なかなかひと筋縄ではいかない。

はい、弱気になっております。

あとは駄作の山を送り続け、間違って選ばれることを期待するのみ。



さて、そろそろ駄作の山を送ってみるか。
2008.04.24 / Top↑
「不言実行」というのは、なかなか格好いい。

何も言わず、黙々と実行していく姿は「男は黙ってサッポロビール」の三船敏郎のようだ。

古いなぁ。

いまでは三船美佳のお父さんてなことを言わなければわからなくなっているのだろうな、と思いつつ、あの迫力のCMを思い出してしまう。



そんなことはどうでもいい。

男は黙って、やるんである。

そういう姿こそ、男の中の男なのだ。



逆に「有言不実行」ってのが、サイテーである。

と、わかっている。

なのに、言わなければいいものを言ってしまうのは、どうしたことか。

口が軽いんだな。

お調子者なのだな。

そのうち狼男なんて言われるのだろうな…。

てなことを陰でも表でも言われたくもないし、思われたくもないから、後悔しつつ、プレッシャーを抱え、グチを言い言いしながら重い腰を上げて実行にうつすことになる。

つまり、しぶしぶながらの「有言実行」というハメに陥る。





先のブログ『初川柳』の最後で「次週も勝負するぞ」なんてことを勢いで書いてしまった。

木曜日になって、そのことが猛烈に気にかかってきた。

特定の人物と約束したわけではない。

ただ『モーニングゲート』の遠藤麻理さんに「川柳、待ってます」と言われたので初川柳を投稿した。

したがって、そのことについてはクリアしている。

ところが、今回は、自分で自分のクビを絞めているのである。

黙ってやればいいことを「次週も勝負するぞ」と高らかに宣言しているのだから、アホである。





しかも、前回のブログに「時事ネタ」と「大相撲ネタ」でいくと宣言しているので、頭を抱え、ひねりにひねりながら、三句作って、エイ、ヤーと送信してしまった。





 トキぐらい 手厚くしてよ 年寄りに  (佐渡の末期高齢者)





 なんでだろ 過ぎて気がつく 腹八分  (ちょいデブオヤジ)





前の句は、姥捨て山とまで言われる後期高齢者医療保険について、皮肉ってみた。

次の句はメタボリック症候群の検診がスタートするらしいけれど、原因も、理由も本人がいちばんわかっているさ、ということを表現してみた。たいがい運動不足に食いすぎに決まっているのだ。それをわざわざ検診するってんだから、余計なお世話である。



さてさて、問題は『大相撲シリーズ』である。これがわたしの狙いなのだが、壁が高い。

前回も、却下されたので、今回も駄目元で送ってみたけれど、結果はやはり同じであった。



で、審査委員長のエンマリさんのお目にかなって読み上げられたのが、「トキぐらい 手厚くしてよ 年寄りに」だった。



問題は、審査委員長自身の作句した川柳である。

毎回最後に披露されるが、これがなんとも微妙なのだ。

やはり「後期高齢者医療保険」を扱った時事ネタをもってきた。



 これじゃあ 長寿のみなさん 報われない



詠んだ後、審査委員長は、「これじゃぁ」の部分を2~3度、抑揚を変えて読み、「高齢者」をかけていることを強引にしらしめたのだ。

ほとんどオヤジギャグ。

えっ、ウッソー、無理難題ごり押しだァ、と思ったが、これぞ、審査委員長の特権。





それにしてもだ。

やっぱり今回も“大相撲ネタ”がスルーされたことは痛恨の極み、慚愧にたえない。

弱点はよく知っている。

艶笑的要素の「艶」があまりにも濃いために却下されてしまったに違いないのだ。

「艶」の部分をうまくオブラートにくるむ技巧を磨かなければならぬ、と真面目に反省し、次回に備えることにした。

エンマリ、来週も「大相撲ネタ」いきまっせ。

と、書くから、またプレッシャーになるんだよなぁ。



おっと、忘れていた。

ステッカーください、と書くようにと、奇楽庵から指示がきていたのだった。

「モーゲーステッカーは大爆笑幻アイテムですぞ」なんだそうである。

ちなみに「モーゲー」とは、番組名「モーニングゲート」の略であろうと思うが、あたしは、この幻のステッカーといわれるものを、ナニゲに2枚所持しているお方を知っている。電話&ファックス機の横に無造作に置かれていた。

その人物とは、な~んと合気堂氏の大奥殿なんである。

大奥殿は、なかなかの風流人ならぬ、川柳人であることを、わたしは、その時、知ったのだった。

負けられぬ。

ステッカーを集めねば…。
2008.04.20 / Top↑


一昨日は、島中で太鼓の音が響き渡っていた。

桜は満開、天気良好、最高の祭り日和である。



そんな中、一通のメールが携帯に届いた。



差出人は農民音楽家で、タイトルは「能美さんたら能美さん」である。

なにやら祭りに浮かれているような気配。



本文は「種まき終わって一段落。山菜で一杯やりましょ」というのだ。

返信すると、まだ山の中にいるという。



「8時スタートでよろしいか」

とメールを打って、わたしは呑みモードに突入した。



8時過ぎ、彼はやってきた。

手には大皿に盛られた山菜とシイタケの天ぷら、そして、ウドの酢みそ和えなどなど。



真稜 純米 生」を注いで、まずは乾杯。



さっそく、こごみ、うど、肉厚のシイタケの天ぷらに箸をつける。



うまい。



衣がサクサクとしていて、口の中に春の香りがひろがる。

からりとした揚げ具合は、なかなかのもので一般家庭の台所で揚げたとは思えぬほどである。





「揚げ方が絶品ですね」



「これ、上新粉で揚げてるんですよ」



「上新粉って米の粉?」



「そう。卵と水と上新粉だけですよ」



「これは、すごいね。小麦粉よりうまいなぁ」





彼は山菜取りのプロでもある。

山菜の自生する場所を熟知し、祭りの季節になると山に入る。

彼の農園に注文すれば全国どこにでも発送してくれる。



ついでにいえば、彼の作る米のうまさは、かなりのものだ。

なにが違うのか、素人のわたしにはわからない。



ただひとつだけ自信をもって言えることは、兼業農家のように役所や会社勤務のスケジュールに合わせて稲作を行っているのではないということ。

天候を見極め、稲にとって最適な時に、しかるべき作業を行う。



ことに山から湧きでる冷たい清流で作られた「山の田米」の味は、別格である。

小粒だけれども、うまみが凝縮していて炊きたてはもちろん、冷えてもあまみがあって、うまい。



これも注文すれば発送してくれるから、一度、試してみるといい。





その手塩にかけた米を最近購入したという製粉機で上新粉に仕上げ、新鮮な山菜を天ぷらに揚げてきたのだ。

撮影することも忘れて、酒を呑み、天ぷらをほうばってしまったのは、失敗であった。



小麦の値が昨年から上がっている。

もともと安価だったけれど、今後は高値安定が予測されている。

とすれば小麦よりも高価だった上新粉が脚光を浴びるに違いない。

すでに新潟では米の粉でパンやアイスクリームが作られるなど、米の粉の活用に注目が集まっている。



かつて蕎麦粉で揚げた天ぷらも食べてみたことがあるけれど、蕎麦粉の独特の風味があり、うまかった。

しかし、今回の上新粉の天ぷらは、そうした癖もなく、素材の味を上品に引きだしてくれている。

これはいける。



「山菜と上新粉のセット販売で、佐渡も活性化するぞ」

と、調子に乗ってグイグイと酒を呑んだ。





(追記・注文はコチラで受け付けているそうです。なお、彼の創作した楽曲集『だらりの郷』『水平線から昇る月』も、ココで紹介されていますから、どうぞ)





酒の話題には事欠かないが、ひとつだけ困ったことがあった。

農民音楽家は、独り山の中で山菜を求めながらさまよい、さまざまな想像、空想、夢想、妄想をひろげるだけひろげて下山してきたようなのだ。



まずは選挙結果の話である。

当落についての講評だ。

ここでは書けない。

事実と想像や妄想が入り乱れているから、一発で名誉棄損ざたになる。



なにしろ農民音楽家の話を聞いていると、山の神と対話でもしてきたか、というほど話の内容が深く、広く、とりとめがない。

人類の起源から始まって、オレはモンゴルで二手に分かれ、下ってきた方の末裔だなんてことを言い始めるのだ。



こちらは頭が真っ白になる。



簡単に言えば、農民音楽家は、裏のとれない話を好んで収集しては聞かせてくれるのだ。

面白いけれど、どう対応してよいのかもわからない。

9時過ぎに配達ついでに参戦した奇楽庵は、ごろりと横になりながらチビチビと呑み、ニヤニヤしているだけなのだ。



農民音楽家は花粉症である。

山の奥深く入り込んだときに、杉の花粉をいっぱいためこんだ林をすり抜けなければならず、そこで被爆したようだ。



話に力がこもってくる。

同時に、鼻水がたれる。



そこで農民音楽家はティッシュを丸めて両方の鼻の穴に詰め込む。

その顔で人類の起源、宗教の裏側、世界の民族、パワーゲームについて大真面目に力説するのだ。

笑うタイミングがつかめない。

しようがない。



「こういう顔で真面目に話をされると、たいへんつらい」

と、農民音楽家に鏡を手渡してみた。



大爆笑である。



以後、柔らかい話になり、奇楽庵は午前2時に引き上げ、農民音楽家とわたしは、続けて、呑み、対話し、寝た。



気がついたら農民音楽家の姿はなく、昼になっていた。



3本の酒は5合ばかり残っていた。



思い出されるのは、あの天ぷらの味。

最高の山菜祭りであった。
2008.04.17 / Top↑


二日酔いである。

喉の渇きがひどく、体全体が重い。

倦怠感で、あちこちが膿んでいるようである。



夕方、家の中でゴロゴロしていると5歳の孫娘が、じっと私の顔をみて、

「大丈夫?」と心配してくれた。



「大丈夫じゃない。死にそうだよ」

「え~っ」

と、驚いているから、からかってみたくなった。



「このまま死んでもいいかい?」

と悪い冗談を言ったら彼女は真顔になった。

「ダ~メ。ダメだよ」

と嬉しいことを言ってくれる。

人間は、こういう言葉に弱いものだな、とあらためて思った。



そこでやめておけばよかったのだが、つい欲が出た。



「なんで死んだらダメなの?」

ちょいと期待をこめて聞いてみたのだが、彼女は、こう言った。



「だってさ、遊び相手がいなくなったら困るもん」

「…」



よけいに具合が悪くなったような気がして、ふて寝することにした。
2008.04.16 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。