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イナダとソイ

盛大にやっていただきました。

写真は、奇楽庵殿が釣り上げたイナダとソイのお造りです。

この盛りの美しさは、プロなみの腕前。

もちろん、シメ方も申し分なく、最高でした。











いかしゅうまい

それから珍しいものをいただきました。

たまたま九州から帰ってきた合気堂さんが港から宴の場に直行してくださり、「土産だ」と出してくれたなかの一品が、この「いかしゅうまい」です。

初めての食感で、これまたうまかった。













ちょいと忙しいので、今日のところは、残念ながらここまでです。

詳しくはまたの機会に書きます。

みなさ~ん、ありがとうございました。


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2008.06.29 / Top↑
今週は力を入れてはならない週である。

「寂し(イ)カな 漁火消ゆる 夏の闇」が、2週連続の大賞がかかっているので、さらりと流すつもりである。

なんて邪なことを考えるとロクなことにはならない。







 悪質ね ウナギを食べて 爆睡は (偽装なる良妻)







 イタリアで 落書きするなと 言ったりあ (ゴッドパパ)







はい、脱力しすぎました。

説明の必要もありませんね。

この2句、かすりもしませんでした。

結果、2週連続の大賞も、ダメでした。



しかし、わたくし以上に脱力していた方がおります。

審査委員長エンマリさんです。







 串刺し3年割き8年焼きは一生 偽装で恥は一生だ~







どう評論してよいのか、どこで区切ってよいのかも、わかりませぬ。
2008.06.27 / Top↑
近ごろの大学生は落書きの仕方もわからないらしい。

権力者への不満、抗議の文言を書きつけるのが落書きとされているけれど、そんな意地も骨もない。

自己顕示欲のイタズラ書きである。

憤懣もなければ、ユーモアもないし、ついでにいえば古代人の描いたアルタミラの壁画のような芸術性もない。



しかも、大学側のコメントが、これまたおかしい。

「神聖な聖堂、かつ、世界遺産で落書きをしていたことは誠に遺憾」(京都産大・学長)



これだと神聖な場所や世界遺産だからいけない、と言っているように聞える。

こういう場合には「神聖なるトイレだって落書きしてはいけません」と付け加えてくれるならば納得もしようが、世界遺産だと、ことさらに言ってはならないのではないのか。

だいたい自然遺産ならともかく、人間がこしらえたものは時の権力者がカネにものをいわせたものであって、わたしはそんなに魅力を感じることができない。

だからといって落書きして良いというわけではないが…。



明治維新の頃の落書きに、こんなのがあった。



 上からは明治だなどといふけれど

 下からは治明(おさまるめい)と読む



これくらいのことを書いてあるならば、うむ、その通りだ、なんて感心したくなるけれど、近ごろの若いモンの落書きは目立ちたい気分ばかりで、どうも面白くない。



たとえば、入れ墨である。

昔は堅気の生活を捨て、世間から後ろ指をさされてもいいのだ、という強い覚悟をもって彫らせたものだ。

自分の肉体に墨を入れるのだから生涯消えることがない。

さまざまな動機があったろうけれど、社会に対する反発、阻害感である。

それが2度と世間には戻らないという強い覚悟になったのだろう。



それが近ごろはファッション化している。

みんながやるから、オレも、わたしもやろ、と安易になって、本来の意味すらもわからなくなってしまっていることが、なげかわしい。

覚悟も意地もない。

つまらない落書きと同じである。



社会に対する反発は若い人間ほどあるものだが、反発、反抗の仕方がわかっていないのではないかと思う。

暴走族なんてのは、その典型で、ただただ社会一般に迷惑をかける行為にすぎない。

反発、反抗のエネルギーは強い者、権力を握っている者に向かわなければ、なんの力にもならないのだ。



気のきいた落書き以外は書くな! と言いたい。

ユーモアがあるか。

芸術性はあるか。

権力に向かっているか。

そうしたことをクリアできなければ落書きは絶対にするな!

どうしても書きたいというならば、川柳の1句でもひねってみなさい、と言っておきたい。
2008.06.26 / Top↑
皮肉のわかる人と、そうではない人がいる。

わたしはどちらかというと皮肉が好きな方で、ちょいちょいからかい半分に皮肉を言う。



孫娘1号(5)が、「モンちゃんは寝ていると可愛いね」と言った。

モンちゃんとはモン・チェという名の猫だが、孫娘1号は「モン・チェ」とは言えず、「モンちゃん」となる。

猫の寝ている姿は可愛いもので孫娘1号も素直な気持ちでそういったのだろう。



そこでわたしは、こう言ってみた。



「いや、I(孫娘1号の名)が寝ているときは、もっと可愛いよ」



すると孫娘1号はムスッとした顔になり、横目でちらりとわたしの顔を見て、こう切り返してきた。



「寝ていると静かだからでしょ?」



図星である。

この子は皮肉のわかる子なのか?

この年齢で皮肉がわかるということはどういうことだろうと、しばし考えてみた。



近ごろのテレビでは“おバカキャラ”という人々が活躍している。

こういう人たちには、おそらく皮肉は通じないのではないだろうか。



ある女性タレントは「趣味はなんですか?」と質問されて、

「それについては、いま考え中なんですぅ」

と、アッケラカンと答えた。



そして、違う女性タレントは、こんな話をしていた。

「元彼がすごくおバカだったんすよ。東京でドライブしていたら、おッ、こんなところにお城があったのか、と運転しながら言うんすよ。お城って、あれ、どうみても国会ジギ堂なんすよね、アハハ」

と、これまたアッケラカンと言う。



このアッケラカンぶりはなんだろ?

こういう人たちをヘタに誉め言葉で皮肉っても素直に聞いてしまいそうで、言っている方がバカバカしくなって、ついこちらも素直になれそうな気がしてくる。



皮肉は通じたほうがいいのだろうか。

それとも素直な子の方がいいのだろうか。

このテーマは、もっと考えて、後に書き続けたいと思っているけれど、みなさんはどう思うだろう。

わたしは皮肉屋という人々は好きである。
2008.06.24 / Top↑
昨日の土曜日、FMポートから宅配便が届いた。

開封するとカフェタンブラーが出てきた。



カフェタンブラー



「見事! 大賞に輝きましたのでアーティストグッズは、アナタに差し上げます!」とメッセージが添えてある。

コーヒー党のわたしにはたいへんありがたいご褒美である。









(手前が届いたタンブラーで、奥が愛用のマグカップ)



それにしても対応が迅速なのには驚いた。

世の中は、こんなにスピードアップしていたのか、と戸惑い、「いいのに、そんなに急がなくても」と思ってしまう。



わたしは、明日までに原稿を送信して下さいと言われているのに、先方に着くのはだいたい明後日である。

それでも「ありがとうございました」と感謝されるのは、あらかじめ遅れることを読んで締め切りを設定しているからだろう。

つまり、サバを読むってやつである。

そういう生き方をしているものだから、FMポートの迅速ぶりに驚いたのだ。



手続きもさることながら、物流の革命的な発達も驚愕に価する。

佐渡から発送しても翌日には本州の最西端、山口県に荷物が着いているのだ。

運んでいる人々のご苦労を想像すると、便利な世の中になったもんだな、とのんきにも言っていられない。

高額な高速道路料金に加えて燃料費の高騰、時間通りに運ばなければならないというしばりもある。

ものすごいストレスだろうなと思う。

眠ってはならないからと、つい覚醒剤に手を出す長距離トラック運転手の話も聞いた。



こういう言葉はあまり好まないけれど、「スローライフ」でいいのではないかなぁ…、とボンヤリ考えている。





ともあれ、遠藤麻理さん、及びモーニングゲートのスタッフの皆さん、カフェタンブラー、届きましたよ。

ありがとうございました。

のんびりやりましょうね。
2008.06.22 / Top↑

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