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アメリカでは公的資金の導入を否決され、てんやわんや。

共和党から反対票が投じられるにいたっては、ブッシュのメンツ丸つぶれ。



だいたいアメリカ企業幹部らの報酬の巨額さを考えれば、アメリカ市民の怒り、よくわかる。

公的資金導入反対! と遠く佐渡からも陰ながら叫びたい気分。



世界経済がどんなことになっているのか、今後どうなるのか、さっぱりわからないけれど、アナリストなんぞという輩の言うことを信じていると、とんでもないことになることは、バブルに乗っかった日本人たちはよく知っているはず。

「いま株を買わない奴はバカ」

とまで言い、楽観論を展開して煽りに煽って、あっさりとバブル崩壊。

いまは悲観論が主流で、大変だ、大変だ、と言い、ドル資金を供出する世論づくり。



グローバル経済だ、金融の自由化だ、M&Mだなんてことでもって、カネにものを言わせて好き勝手のやりたい放題なのに、窮地に陥ったら、助けてくれ、なんてのは虫がよすぎる。



コイズミくん、辞める前のひと仕事、ここはひとつ言ってやれ。



「自己責任だ」





日本だって、ひどいもんだ。

総理大臣の所信表明、民主党への敵意むき出しの演説で、他の野党の存在を無視。

あからさまな国民不在の政局ゲーム。



本人は格調高い演説だと思ってのことだろうが、国家主義丸だしの演説に秋葉原の諸君、「焦眉の急」なんて難しい言葉を使われ、こちらも存在を忘れ去られたかのよう。



新総理によると、この国は「全治3年」らしいけれど、総理の言葉は薮医者まがいとなりつつある。

アベくんは、年金問題について「最後の1人までやる」と言っておいて、「ボクチン、や~めた」で、それっきり。

フクダくんは「拉致問題は自分の手で解決する」と大見栄を切り、「自分自身のことは客観的に見えているんです。あなたとは違うんです」と怒ったまま去っていった。



総理の言葉、フワリフワリとシャボン玉のように軽く、突然、パンとはじけて消える。





相撲も大変だ。

若ノ鵬、やってくれるね。

若さゆえ、フクダくんのようには自分自身を客観的に見えないらしい。

八百長問題で裁判所に出廷、証言するなんてのは、腹いせに、バラすぞ、いいのか、イヤならオレの解雇を取り消せ、さもなくば、カネよこせ、なんて脅迫しているようなもの。



その理由がまた、いい。

「相撲界をキレイにするために」

こういう大きなことを言う連中を信用してはならない。



「世界平和だ」

「地球環境のために」

こんな大きなお話をする人々、どうも信用できない。



「日本の教育のために」と、そっくりかえっている人も、出てきた。

国交省を5日でクビになったナカヤマくん、あ、彼はクビではなく、辞任か。

給料とか退職金なんかも出るのか?



そんなことはどうでもいいけれど、彼もまた「日本の教育をよくするために」と、日教組批判を展開。

日教組の功罪はおくとして、ナカヤマくん、

「日本の教育をよくするために、火の玉となって、日教組をぶっ壊す」

なんてブチ上げているけれど、教育がよくなって、戦争へまっしぐら、国破れて山河あり、ではお話になりませんて。





相撲界に話を戻す。



YOSHIKIという男が怒っているらしい。

相撲協会の世話人に強い口調で怒られたことがよほど勘に障ったようで、

「日本で最も礼儀作法を重んじるはずの協会のはずが、あの言動は失礼だ」と怒り心頭のご様子。



その場で、その世話人に抗議すればいいのだけれど、そこは友人の白鵬をおもんばかって「横綱の為を思って笑顔でいた」らしい。



うむ、大人だ。

と思っていたら、野次馬根性丸だしのマスコミ各社にファックスを流すというのだから、なんだか、よくわからん。



だいいち礼儀を重んずる相撲界というのならば、その相撲界の奥へ、金髪のサングラスをかけたブーツ姿は、ちっとまずい。

「呉服屋の御曹司」ならば、もう少しTPOてなものをわきまえねばならぬ、と思うのも相撲贔屓の感想。



「呼ばれたから相撲を観にいった」

「写真撮影、お願いされたから、行った」

「騒ぎが起きるからと言われたから、車で待機していた」

「すぐに来てくれ、と言われたから、行った」

などなど、おっしゃているらしいけれど、ヨシキくん、自分の意思は、どこにある?



そんなこんなで、人が集まれば、集まったで、必ず起きるトラブル。

その解決の仕方こそ、大事。

そこをじっと注視していれば、人間が見えてくる。
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2008.09.30 / Top↑
 政治家の 世襲の多さに あきれ果て (後継者難の農民)





この句はかすりもせず…。



しかし、この政治家の世襲という問題は、たいへん気がかりである。



小泉元首相が引退を表明した。

構造改革を旗印に歴然とした格差社会を作りあげ、

「努力するものが認められるのがなぜ悪い」

とほざいた彼は、その後継に次男を指名するという。



北朝鮮と同じではないか。

なにが構造改革だ?

特権階級を温存するだけのことではないか。



この世襲議員と官僚出身議員が、日本権力の中枢にあるかぎり、小泉の構造改革なんてのはうそっぱちである。

強い者はより強くなるだけである。

弱い者は、ますます弱体化するだけである。



その象徴が世襲議員である。

息子だということだけで、努力もせずに、地盤と看板とカネを譲り受けて特権階級に属していく。

こんな社会がよいはずがない。





こうした特権階級が盤石化していくと、さまざまな問題発言が飛び出す。



たとえば…。



「日本は単一民族」



言ったのは、まだ発足して2日目の麻生内閣の国土交通大臣、中山成彬である。



これは、無知のせいではない。

彼は東大法学部から旧大蔵省に入省したキャリア組で、最高学府で学んだ教養の持ち主である。



この人は「南京虐殺はなかった」と言いきる『日本の前途と歴史教育を考える議員の会』の会長を務めているうえに、第二次小泉内閣では、文部科学大臣というポストに就いているのだ。



ちなみに、この会には「ボクチン、や~めた」の安倍晋三や中川昭一(財務大臣、金融大臣兼務)、さらには自殺した元農水大臣の松岡利勝らが深くかかわっているが、こうしたタカ派が、国を実質的に動かすポストについているのである。



したがって中山大臣の「日本は単一民族」とする発言は、失言などではなく、確信犯なのである。



問題発言に関しては人後に落ちない麻生新総理も、総務大臣時代の3年前に、こう言っている。



「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」



親分子分共々事実誤認もはなはだしいけれど、仮にそうだったとしても、

「それがどうした?」と聞いてみたい。

そんなことが誇るべきものなのか?



中国の行っているチベットの同化政策については手厳しいけれど、自分たちがやってきたアイヌ民族への仕打ちをお忘れか。



単一民族をことさらに強弁する政治家が登場してきたら、警戒しなければならない。

民族主義の怖いところは、ヒットラーがそうであったように根拠もなく自分たちは優秀な民族であると潜在意識と感情面を刺激してくることである。

その結果として他の民族は劣等であり、抹殺すべきであるなどと主張し、実際、ナチスはユダヤ民族の根絶やしにかかった。



世襲議員という血筋と種馬牧場といってもいい官僚が結託した権力構造は、目に見えぬ身分制度を作り上げていく。

もちろん、民草の間に不満が充満し、鬱積していく。

そのハケ口を民族主義という言葉へと向かわせて、ガス抜きをはかるのだ。

そして、犠牲になるのは、いつの世も下々の民草なのである。



だから閉塞感を生み出している世襲議員を、これ以上、増やしてはならないのだ。
2008.09.26 / Top↑
まさか、こんな日が本当に来るとは思っていなかった。

朱鷺が佐渡の空に戻ってきたのだ。

それが中国の朱鷺であれ、素晴らしいことである。

だいいち人間とは違って鳥には国境などないのだ。



15年前、わたしは佐渡青年会議所の依頼で、ある小冊子の制作にたずさわった。

彼らは、佐渡青年会議所の20周年記念事業として環境問題に取り組みたい、と言うのである。



わたしは、最初、乗り気にはなれなかったので、

「環境問題はカネにならないし、佐渡の活性化にもならないのじゃないか。むしろ活性化のためにはどんどん開発した方がいいのではないか」

などと皮肉を言って、のろりくらりと返答を引き延ばしていた。

パフォーマンスで、そのような仕事に取り組むことを警戒していたのだ。



しかし、彼らは本気だった。

なかでも小冊子制作の実質の担当者だったMさんは、執拗だった。

朱鷺の舞う空を子供たちに見せてやれなかったのは、我々大人の責任である、というようなことを大真面目に言うのである。

朱鷺はしようがないけれど、佐渡には素晴らしい自然があり、それを守っていくことが、我々佐渡に住む大人の役割なんだ、と主張する。

なかなか手ごわい論客である。



酒を飲みながら、何度も語り合った。

「打ち合わせ代だけで、予算が飛んでしまう」

と嘆いていたが、こうした打ち合わせが、しだいにわたしの中にイメージを育むことになった。



「雪割草の盗掘がひどいんだよ」

「山の中は、捨てられたゴミだらけだ」



そんな話を聞けば、外海府の高千まで取材にゆき、雪割草とひな祭りの関係について調べる。

そして、警察署まで行き、沢づたいや海岸にゴミが捨てられているありさまを航空写真で見せられた。

このままでは、佐渡の美しい山野草は盗掘され、そのかわりにゴミが残されていく島になっていくのではないかと、思うほどひどい状況だった。



当時、わたしはまだ佐渡に住んでいるというより、東京と佐渡を行ったり来たりの生活で、佐渡のことについてほとんど無知だったのだ。



そして、朱鷺について調べていくうちに、佐藤春雄さんに出会った。

この方は、終戦直後から朱鷺の舞う空に魅了され、たったひとりで朱鷺の生態を研究をしてこられた日本一の朱鷺博士である。

その頃まで、朱鷺は、朱色と灰色の2種類存在すると思われていたが、佐藤さんの観察によって繁殖期になると羽が灰色に変わることをつきとめられたのある。



その佐藤さんに話を聞く機会があった頃には、わたしは、すでにMさんの掌の中で転がされていた。

「雪割草と朱鷺をテーマに書こう」と決まった。

決まれば早い。

打ち合わせや取材には数ヶ月かかったが、おおよそ一晩で原作を書き上げた。



それが『朱鷺のいた空』である。



朱鷺のいた空



あれから、15年…。

佐渡は『朱鷺のいる空』になったのだ。



皇族、環境大臣、県知事、市長など、偉い方々が居並び、朱鷺の放鳥を行ったが、わたしの脳裏には、Mさんをはじめとした青年会議所の人々の顔がうかんできた。

こうしたおおぜいの影の功労者たちの力によって朱鷺は、佐渡の空によみがえったのだ。
2008.09.25 / Top↑
大相撲も11日目だというのに、今日も立ち合いでつまづいていた。



春日王は行事になんども注意を受けながら右手をつかず、4回も立ち合い不成立。

審判部副部長の貴乃花も土俵下から春日王に指示していたが、その穏やかな言い方に違和感があり、おかしかった。



やはり、相撲も格闘技なのだから、

「こらぁ~ッ! しっかり手をつけぇ!」と大声で叱り飛ばさないことには、気が入らないのではないか。



そのせいではないだろうが、5回目でようやく成立したものの、相手の千代白鵬、しびれを切らし、やる気が失せたのか、立ち合いに変化。

春日王も春日王で、その変化についていけず、そのまま土俵をわった。



相撲ではなく、まるで立ち合いの稽古を見せられているようだった。

高いチケット代を払って国技館で観戦している人にはたまったものではない。



立ち合いの講習が必要だ、なんて理事の誰かが言っているらしいけれど、11日目になってもこのありさまでは、プロとして情けないのではないか。

プロのミュージシャンが本番中に何度も音合わせをしているようなものである。

そんなプロ意識の欠如した輩には、

「カネ返せぇ~!」と野次を飛ばすことだ。

これも観客の大事な役割である。



と、そんなことを考えていたら、今日もまたニュースで中断である。



今日は総理大臣指名選挙だという。

そんなのは麻生自民で決まりなんだから、わざわざライブでやることはないだろうに。



しかも、まだ総理大臣が確定していないのに新内閣の大臣が次々に内定してるって報道も妙な話ではないか。



つもり、メディアも政治屋と一緒になってお祭り騒ぎを煽っているだけ。

真面目に政治を憂うなら、無視することの方が効果があることぐらいわかっているだろうに。

バカバカしい。



だいたい大臣の顔ぶれがひどい。

二世三世が何人も並んでいる。

ハマコー二世まで登場するにいたっては、北朝鮮といい勝負だ。

これで北朝鮮の身内への権力の継承を誰が笑えるのだ?



これが日本の社会に閉塞感をもたらしている元凶であり、格差社会の象徴でもある。



政治家も高給をとっているのだから、プロである。

そういう目で政治家を選択しないからバンソウコウ赤城のような男が農水大臣なんて、重要ポストに就くのだ。

たまたま親やら祖父が総理大臣だったから、なんて連中を選んできた結果、2代続けての政権放り投げという無責任ぶり。

こんな政治家を選んだ国民にも大きな責任があるのだと、しっかり自覚することである。
2008.09.24 / Top↑
昨日はラジオで大相撲を楽しんだ。

解説が元大関貴ノ浪の音羽山だったからだ。

この人の解説は、面白い。



北の富士がぶっきら棒の辛口解説、舞の海は技の説明に精緻をきわめていて、なるほどな、と思わされ、これはこれでたいへん勉強になり、面白い。



では、音羽山は…。

なんと言っていいのか、わからないけれど、この人の話っぷりが面白いのだ。



その面白さを知るには、現役時代を知らなければならない。



たとえば、彼は上背が196センチもある大型力士なのに、相手が巨漢の曙とか武蔵丸とか、あるいは突き押しの力士たちがドッカーンと当たってくる瞬間、彼は顔をそむけ、目をつむっているのである。

とくに曙の突っ張りの威力を減らすためにという理由なのか、それとも曙が怖かったのか、体を斜めにして仕切っていた姿が目に焼き付いている。



そして、大一番のときに出るのが「かわづ掛け」という足ワザである。

本来、この技は、小兵力士がやる小ワザだが、優勝決定戦という大一番で横綱貴乃花を「かわづ掛け」で破り、優勝したのである。

これだって丸い土俵を利用して逃げまくり、土俵際に追い込まれ、やむにやまれずの瀬戸際のワザだった。



大型力士とは思えぬ、こうした相撲や勝ち方に、思わず笑ってしまう力士だったのである。



ついでにいえば、彼の得意としたのが、「きめ出し」とか「きめ倒し」だった。

上背があり、手足が長いから、相手力士のまわしをがばっとつかんで引っ張り込み、そのまま土俵の外に力づくで「きめ出し」たり、巨漢を利用してグチャッと相手を押しつぶす「きめ倒し」である。

ワザのキレとか、そういった相撲ではなく、言うなれば、じつにみっともない、珍妙キテレツな相撲なのである。



そういう人だから、どんな解説をするのか、と楽しみにしていたら、これがまた面白い。

脚をピーンと伸ばして「美しい四股」と人気の片山という力士がいるけれど、

アナウンサーが「ああいう四股は、ふつうの力士でもできるんでしょうか?」と、解説の音羽山に訊ねた。



「誰でもできますよ。わたしだってできますよ」

「え? 音羽山さんもできるんですか?」

「ええ、必要がないから、やらなかっただけです」

と、さも当然といわんばかりに言うので、アナウンサーも笑いをこらえていたように思えた。



現役時代の貴ノ浪の四股は、脚がほとんど上がっていなかったからである。

同部屋の貴乃花が相撲の美学を追求したのに対して、彼は、そういうことにまったく無頓着だった。

それだけにピンとまっすぐに脚を上げる四股も「できますよ」と、なに食わぬ顔をして言うからよけいにおかしい。



朝日新聞に、力士の「ひと言」という欄があるけれど、面白いコメントを言う貴ノ浪は、ここの常連だった。



「わたしの得意ワザは、肩透かしです」



これも、記者が笑いながら書いたのだと思う。

肩透かしは、大きな力士がやるようなワザではない。

なのに、平然と言うところが貴ノ浪らしいのだが、その解説がまたいい。



「大きな力士がやるから、その意外性で決まるんですよ」



そういう人の解説だから楽しみなのである。

テレビではひと場所で1度か、2度ほどしか出番がないのが、惜しい。



その音羽山は、昨日、朝青龍が花道に登場した瞬間に、

「横綱、様子がへんですよ」と言った。



アナウンサーは、「どういうことですか」と質問したら、



「オーラが見えないですよ」と言い切った。



これは一大事と、わたしは、テレビのある部屋へ飛んだ。

そして、朝青龍の様子を観た。

音羽山の言う通りだった。

仕切りに力がこもっていない。

眼に力もない。

最後の塩をとりに行くときのマワシをバーンッと力強く叩く姿もなかった。

そして、まるで相撲にもならず、安馬に負けた。



音羽山という人は現役時代は特異な力士だったが、解説は相撲通をうならせるほど鋭いのだ。

立ち合う前に、取り口の説明をすることがあるが、それがピタリと当たる。

そういうことが何度もあったから「朝青龍、へんですね」と言った瞬間に、これはただごとではないと思ったのだ。



このとき朝青龍は、すでに休場を決めていたに違いない。

あるいは、引退まで考えていたのではあるまいか。



相撲は、相手あって成り立つものである。

個性のある力士がいれば、いるほど面白くなるのが相撲である。

音羽山も現役時代は、あまり好かれる力士ではなかった。

しかし、これも個性として認めることによって、わたしは相撲の楽しみを増やした。



朝青龍の個性も、強烈である。

負けん気の強さは憎たらしいほどである。

そのスピード感バツグンの相撲も、心憎いほどだった。

そして、ワザのキレ味。

どれをとっても日本人力士はかなわなかった。

だから6場所連続優勝という偉業も成し遂げた。



そしてなにより、一人横綱で大相撲を支えてきた功労者であることを忘れてはならないし、見捨ててはならない。

それどころか、火花が散るような横綱対決を観たいではないか。

だから「朝青龍・白鵬時代」を終わらせてはならないのだ。


2008.09.23 / Top↑

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