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花々が咲き乱れるよい季節になった。

庭にも、散歩する森にも、色とりどり、あでやかに花がほころんでいる。



と、まるで花好きのオヤジのように書いているけれど、わたしは「花音痴」で

ある。

桜が咲くころまでは、今年こそ、花の名前を覚えてやろうと意気込むのだが、

桜が散って間もなく、断念させられる。

なにしろ、桜の後は、いやがらせのようにいろいろな花々が一斉に咲きはじめ

るのだ。

覚えようとしても追いつかない勢いで次から次と咲いてくれる。



正直言って、梅と桜の見分けがつくようになったのも、近年のことである。

と打ち明けたら、「ひどい、それはひどいわ」と、娘にまでバカにされたこと

がある。

「あのな、北海道は、梅も桜も桃も、ぜんぶ一緒に咲くんだよ。きれいだな、

と思っているうちに散ってしまうべ。覚える暇がなかったさ」

と言い逃れたけれど、北海道の人間全員が花音痴というわけではないから、こ

んな言い訳がなりたつはずがない。



これではいかんと、この数年、春先になると家人に質問しては、花の名を記憶

しようと奮闘している。

すると、「それは去年も一昨年も聞かれて、教えた!」と冷たくあしらわれ、

どうも見放されている気配。



こうなったらヤケクソである。

花の名なんてどうでもいいじゃないか、なんて開き直っていたら、昨夜、ある

小説を読んでいて思わずほくそ笑んだ。



川端康成は、多くの掌小説を書き残しているが、その中の一遍に『化粧の天使

達』というのがあって、「花」という小題の、こんな一節があった。



 ここへ来る汽車の窓に、曼珠沙華が一ぱいに咲いていたわ。

 あら曼珠沙華をごぞんじないの? あすこのあの花よ。

 葉が枯れてから、花茎が生えるのよ。

 別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。

 花は毎年必ず咲きます。



なるほど、あの川端康成も、男は花に疎いとの前提で、こうした作品を書き上

げていたか、とホッとしたのである。

三島由紀夫も花の名前を覚えきれず、花を表現するときは植物図鑑を見ながら

書いたなんて話を聞いたことがあるけれど、川端康成も、そうだったかなんて

ことを寝所の中で勝手に想像していた。



そして、もうひとつ。

女はいつまでも自分のことを忘れないでいて欲しいという願望があるのか?

そのことを花とかけあわせて表現しているところにドキリとさせられたのだ。

毎年同じ時期に咲く花を見れば、昔の恋人を思い出す。

なんともロマンチックで、ちょいと怖い話である。



そうか。

花の名を覚えるには、たくさん恋をしてたくさん別離を体験することだったか。

いまからでも間に合うだろうか、なんてことを寝返りを打ちながら考えていた

ら、いつのまにか昏睡していた。
2007.05.05 / Top↑
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