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ある目的を達成しようとする。

そのためには多くの人の支援を受けなければならない。

そういう局面があったとする。



問題は、その支援の輪に100%賛同する者ばかりが集まるわけではないということである。

80%の人もいれば、50%の人もいるかもしれないし、10%の賛同でも支援に加わってくれるかもしれない。

もしかしたら、まるで反対の意見を持つものも顔を出すかも知れないということを想定しておくことである。



ここが難しいところで対応の仕方を間違えると目的の達成は遠のいていく。



ところが、純粋な人ほど、ここがわかっていない。

世間を味方につけなければならない時に、過去、世間の心ない言動によって深く傷つけられた、という話を展開する。

「情」に訴えたい気持ちはわかるけれど、それでは世間を敵に回すことになる。

ここに気がついていない。



目的に向かっていく力を結集するために、心の傷は、この際、閉じこめておくことである。



そして、異論を述べる相手に対して感情的につっかかっていかないことである。

むしろ冷静に耳を傾けなければならぬ。



仮に異論を述べる相手が法律に熟知しているとしたなら、味方に取り込まなければいけない。

敵に回せば手ごわいけれど、味方になってくれれば百人力である。

そういう太い精神力、姿勢がなければ、目的など達成しない。



ところが、純粋であるがゆえに、あるいは、自己顕示欲が強すぎるせいか、異論にぶつかると、その論を理解する前に対抗心をむき出しにして正しい意見までもつぶしにかかろうとする。



これは言論の封殺であり、それをながめている10%の賛同者はおろか、80%の賛同者までも腰が引けて、結果的に支援の輪は尻すぼみになっていく。



誰が味方か、誰が支援の輪を壊しているか、そこを見極めなければならない。



人の力を借りるということは、そういうことである。
2009.02.18 / Top↑
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