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横綱審議委員会が朝青龍のガッツポーズを問題にしたようだけれど、朝青龍は、ガッツポーズなどしたのか?



勝った直後の朝青龍は、ほつれて乱れた髷のまま安堵の笑みをみせただけで、ガッツポーズはしていなかった。



礼を終え、土俵をおりる直前、たしかに観衆の声援に両手をあげて応えたけれど、これをガッツポーズとみて指摘しているのだろうか。



微妙だな…。



だいいち白鵬への礼は済んでいるのである。



それでもダメだと言うのならば、花道はもちろんテレビカメラで丸写しになっている通路での笑い、握手、万歳などもやめさせなければならない。

ついでにインタビュー中の笑い顔、軽口も、ダメということにぜひしていただきたい。



それならば大賛成である。



力士がヘラヘラしている姿は、見たくない。

コビを売る姿も見たくない。

いつも堂々としていただきたい。

それを徹底すればよろしい。



が、徹底できない事情だってあるのだろう。



ここでも問題になるのは「興行」と「神事・伝統文化」としての二面性を持っている大相撲という矛盾。



素質のある日本人力士が激減、やむをえず外国人力士に頼りきってきた。

素人が考えたって日本の伝統文化、危うし、てなことはわかるのだから、ことさらに朝青龍だけを標的にして言うのは大人げない。





横綱には品格が求められるのだから仕方がないというけれど、歴代横綱をみれば品格をもった生き様を見せていただいているか、はなはだ疑問。



若貴兄弟横綱の土俵外での泥沼スキャンダルに、うわっつらの品格では太刀打できず。



久々に解説の席についた天才輪島は借金まみれで花籠部屋を売渡したのも品格にはほど遠し。



解説の北の富士さん、「ケツが引けてる」と言った後、「ケツでなくて、腰ですね」と言い直し。

品格がそなわっていれば、このようなこともなし。



品格とは、かようにあやふやなものなのだから、それを朝青龍ひとりに求めても説得力なし。



しかも、横綱以上に品格を求めれられてしかるべきお方がわざわざ土俵に上がってきて、

「横綱はやっぱり強くなくっちゃ」

と、お友だち感覚でおっしゃっるのは神に代わって地を鎮める横綱に対しての言とは思えず。

観客およびテレビを見ている人にコビを売っているのがミエミエで、どこに品格がおありか。





解説の舞の海が場所前に「引退しないでくださいね」と朝青龍に言ったところ、

「顔じゃない」と、朝青龍にコケにされたと、報じられている。

顔じゃない、とは横綱に向かって言えるような格ではない、というような意味らしい。



これは先輩としては許すことのできない暴言、とマスコミは報じる。



しかし、これも、じっくりと考えれば、舞の海の言葉に問題があることがわかる。



成功率がかなり低いと予想されている難しい手術を受けようと決断した患者に向かって、

「死なないで下さいよ」と、言っているのと同じ。



んなことは言われなくてもわかってるわい、とわたしだって言いたくなる。



2日目で引退とまわりが圧力をかけている真っ最中、崖っぷちに立っている人間に、

「引退しないでくださいよ」とは、理論派解説として知られる舞の海の欠点が、出てしまった。

頭で考える人にはわからぬところに踏み込んだ勇み足といってもいい。



「うまい酒、飲みましょう」の一言でよかった。



そもそも正面解説が北の富士、向い正面に舞の海という布陣のとき、舞の海は北の富士に、コビたような発言が目立つ。

自分の意見を述べる前にアナウンサーを飛び越して、

「北の富士さんは、どう思われますか?」と、質問する。

自分の言いたいことは山ほどあるのを抑えているのが、こちらには伝わっていて、なにやら落ち着かない。



そうした態度は先輩を立てるというよりは、サラリーマン社会でよくみられるゴマすり茶坊主。



したがって、頭よりも感覚だけで生きている朝青龍に、

「顔じゃない」

と一蹴されるのも、わかる。





今回は、朝青龍の奮闘を手放しに祝福してやることである。



あとは、厳しさでは人後に落ちないといわれる武蔵川理事長の手腕におまかせでよろしいのではないか。



高砂が、相変わらずなのだから…。
2009.01.27 / Top↑
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