上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
そもそも学問ということ自体、あまり好きではないけれど、ことに経済学ときたらからきしダメである。



説明を受けても右から左の耳へと抜けていくのか、いっこうに頭に残ってくれない。



ドンブリ勘定が性に合っているから偉そうなことは言えないが、ただの銭勘定を大仰に学問にしてはいけない、などと八つ当たりしたくなるほどだ。



だいいち何々派と称する経済学の系譜が複雑に存在し、時代によって、その勢力分布が変わったりするからややっこしくなるのだ。





暇つぶしに「経済学 学派」で検索してみた。



「学派あれこれ」なるものがひっかかり、開いてみたら、びっくり。



あるわ、あるわ、想像以上にあって、開いて読む気にもなれないほど、たくさんある。



で、思わず目に留まったのが、この一文だった。





  あらゆる学派は、自分自身に百年にわたって語りかけ続けて、

  自分自身の頭に大喜びしている人物のようなものだ。

  その頭がどんなにバカだろうと。

                       (J.W. ゲーテ)





これは、アメリカのある大学院生が運営しているサイトのようで日本語訳で経済学の学派について説明している『経済思想の歴史』の中の学派あれこれにある。



わざわざゲーテの言葉を引用するあたり、皮肉な笑いを好むアメリカ人が運営しているのだろう。



ためしに、この経済思想史トリビアを開いてごらん。



その筋の人々には大笑いの皮肉ネタが盛りだくさん。

門外漢のわたしが読んでも、ほう、そうなのか、なんてことで楽しめる。





要するに、どんな経済学をもってしても、コレだ、というものはなく、過去の分析は明晰だが、未来予想となると、論争はあるけれど確信はなく、いずれも帯に短く、タスキには長すぎて、役に立たないということなのか。



つまり、自由主義経済、市場主義には人の智などものともしない魔物がすみついてて、その動向は神のみぞ知る世界ということなのだろうか。



うかつには手の出せない世界である、ということだけはわかる。





ところが、最近、インターネットで簡単に株取り引きができるようになって手を出す人が多いときいていたが、わたしの身近にいる若者も、

「やっていますよ」というので、驚いたことがある。



「そうか、儲けているのか」



「いや、ボチボチですね」



なんて、一人前の株屋気取りで言ったが、あまり詳しくは聞かなかった。



彼がやりはじめたのは、もちろん、この世界同時暴落の前のことだった。



いまも、「どうだ、儲けているか?」と聞いたら、「ボチボチですね」と答えるだろうか。



その若者に対して、わたしは、こう警告しておいた。



「株をやると、心を失うぞ。気をつけろよ」



彼は、何を言っているのか、と心外そうな表情をしていたので、説明してやった。





「飛行機が墜落するだろ。犠牲者がたくさんでて、たいへんだ、かわいそうだ、遺族はどうしているだろ、なんてことを考える。

これが心ってもんだ。

ところが、株を始めると、飛行機墜落との一報が入った瞬間に、どこの会社の株が下がるのか、自分の株は大丈夫だろうか、と考えるようになる」



そんなことを言ったら、彼も真顔になって、



「あ、本当にそうなんですよ。やばいですよね」と言った。



「そうだろ」



まだ素直な若者だからいいけれど、これが、妙に頭のいいヤツだと、こうはいかない。



受験勉強をくぐりぬけ、難関の一流と称する大学で学んだ連中になると、「金儲けは悪いことですか」なんてことを堂々と言って恥じない。



彼らの頭は、こういう回路になっている。



大地震が起きた。

それ、建設株は買いだ。



犠牲者のことなんか、頭の隅にもない。



こういう連中が、世界のマネー経済を動かし、実態経済まで影響している世の中がいいわけがない。



経済学の先生たち、論争は後回しにして、なんとかしてちょうだいよ。
2009.01.11 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://noumitaran.blog109.fc2.com/tb.php/127-b4892b44

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。