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関西に住む家人の姉からメールがあった。



「私の顔は今、涙と鼻水でグチャグチャ。

おまけに笑いシワまでも!

ふと開いたあなたのブログにお腹が痛いほど笑わせられました。

化粧する前でよかったわ。

でも、A子の言ってる事、よ~く理解できます。

だって姉妹ですもの…」



前回の『存在の耐えられない軽い笑い』を読んでいただいた感想である。



さっそくメールの内容を家人に伝えたら、



「え~ッ、またなにを書いたの!」



と責めるように言った。

よけいなことを書いたに違いない、ったくもう、という声が言外に聞こえてきた。



「事実しか書いてないよ」



そう断わってからブログを見せることにした。



読み進んで、しばらくしてから怒りではなく、笑いがおきた。



「ふふふ」と何度も笑いに襲われては、中断した。



そして、読み終えた後の第一声に、こう言った。



「文章にすると、どうしてこんなにおかしいんだろうね」



文中の人物はまるで自分とは無関係といわんばかりの反応である。



「文章だからおかしいのではなくて、聞かされている側は聞いた瞬間におかしいんだ。

だから書いてるんだから」



そう言っても釈然としない表情を浮かべながら、なにか思い当たったように話し始めた。



「そっか…、たぶん姉も母も同じタイプだからだね。

子供の頃から食べ過ぎたら『砂袋が詰まっているようだ』って、母が言っていたに違いない。

それがふつうの会話だから気にならないけど、文章にすると、客観的に見えるせいか、確かに大げさな表現のように感じがするねぇ。

なるほど…」



と、しきりに感心する。



冷え症が「脚の芯に氷の棒」、食べ過ぎを「胃に砂袋」という程度ならまだいいけれど、毎日、あっちが痛い、こっちが痛いと訴え、そのたびに、いまにも死にそうな大げさな表現をするから、こちらは「またか」と思いつつも無視するわけにもいかないから、「大丈夫か?」ぐらい声を掛けざるをえない。



時々、意地悪な気分になって「昨日、痛かったのはどうした?」と訊いてやることがある。



「うん? なんだっけ?」



この程度だから、どうしても本気で聞く気になれず、「そのうち本当に具合が悪くても誰も相手にしなくなるぞ、狼ババアだな」などと悪態をつくが、大げさな表現はいっこうになおる気配もない。





しかし、そうはいってもわれわれが大げさと思う表現が、家人の生まれ故郷、山口県ではごくふつうだとしたら、これはこれで考えなおさなければなるまい。



そう思って山口県に訪れた時のことをふり返ってみると、たしかに、ごくふつうの会話の中で何度か大げさな表現を耳にした。



一番先に思い出されるのが、彼女の実家を訪れた際、伯母さんの家に立ち寄った時のことである。



伯母さんは、最近、イノシシが家の近くまで下りてきてタケノコまで掘り返して食べている、という話をされた。

野生のイノシシなど見たこともないわたしには驚きだったが、伯母さんは、こう嘆いたことを忘れられない。



「裏山の竹林、穴が莫大ほげちょる」



「ほげちょる」は、穴が「あいている」というような意味だろうと思うが、わたしは「莫大ほげちょる」という言い方があまりにもおかしくて笑いそうになったが、家人も義母も笑わずに聞いていた。



後になって「莫大って大げさすぎないか」と言ってみると、

「そうだよね」という程度の反応で、ごくふつうの表現なのだ。

おそらく会話を楽しむためのサービス精神があって、それが日常化されてきたのではあるまいか。



わたしは北海道生まれだが、いわゆるホラ吹きというのが北海道にもいるけれど、山口県人のような大げさな表現をする人を、あまり見たことはなかった。



むしろ、北海道では、大きなことを小さめに言うクセがあるかもしれない。

100キロも離れた地点のことを、「な~んも、すぐそこだ。車なら1時間ちょっとだ」という具合に「大したことない」という感覚で言ってのける。



わたしの北海道の知人が自分の飼い犬を車でひいてしまった悲劇を語っていたが、悲劇というよりも喜劇に近いと思ったのは、その語り口による。



「うちに帰ろうと思ってさ、家に向かってたら、犬が出てきたんだものね。あら、危ない、と思ったら、コ~ンっていったもんねぇ」



こんな風に語るから、思わず笑ってしまうけれど、山口県人ならどんな風に語るのだろう…。





家人の姉から「わたしは(妹の表現が)理解できる」というメールをいただき、ある意味で合点がいった。



夫婦喧嘩の元凶は、これだったのだ。



山口県の大げさ、北海道の小さめ。

噛み合うはずがない。



いちいち小さなことを大げさに言うから、こちらは日々不安にさせられるが、わたしはわたしで「大したことない」を連発しているうちに気がついたら大事になっている。



このギャップなのだ。

なるほど…。
2008.12.03 / Top↑
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