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80歳を過ぎた老婆に訊いてみた。



「これまでの人生でいちばん不幸だったことはなんですか?」



老婆は、答えた。



「自分の家が火事になってしまったこと」



「では、いちばん幸せだと思ったことはなんですか?」



「それはね…、隣の家が火事になったときさ。ふふふ」







他人との比較によってでしか幸福の価値をはかれない、という人がいる。



いわば他人の不幸が蜜の味である。

人の心の奥の奥には、きれいごとではすまされない妬みや嫉み、どろどろしたマグマがひそいんでいるのだ。



冒頭の小噺は、老婆の話だからブラックな笑いとしてとらえていただきたいが、これが公僕たる政治家や官僚らだったら、笑えない。



「関東大震災が起こればチャンスだ」



こう言ったのは、兵庫県の井戸知事だという。

あの震災で、多くの犠牲者を出した兵庫県の、その知事の発言である。



失言とは「言うべきではないことを、うっかり言ってしまうこと」と大辞泉には書かれている。

この伝から言えば兵庫県知事の発言は、本音なのであろう。



こうした人間を、撤回し、謝罪したからといって県知事という公職にあるかぎりは許してはならない。

恥ずべき人間としてしっかりと記憶に留めておくことである。





なぜなら、そういう人間は、



「戦争が起こればチャンスだ」



と考えても不思議ではないからだ。



こうした考え方を持つ人間がいち地方自治体の首長ばかりではなく、政界やら官僚、経済界にも、いるだろう。

というよりも、過去の戦争は、そうした人間たちが実際に戦争を起こしてきたのだ、と言ってもいい。



前の航空幕僚長の田母神という人は、そうした種類の人間である。

彼は、先の戦争について「日本の侵略」を否定しているけれど、こんな理屈が通るならば、なんでもアリになる。



戦争はもともと「なんでもアリ」で、そこには人道など欠片もない。

国家のため、との大義で無辜の民を平然と殺してしまうのが、戦争である。



しかし、その一方で戦争は不景気をも吹っ飛ばすほどの大きなカネが動く。

勝てば国益と称して、なんだって分捕れる。

この国の800兆円の国債なんか、あっという間に解決である。

食料自給率が40%そこそこでも、石油資源だけ確保すれば、100年200年はやっていける。

なにより立派な軍隊を持っているから、これを使わない手はないだろう。



国益中心に物ごとを考え、サバイバル競争に心を奪われている人々にとっては、こうした発想に傾いていくのも、水が低きに流れるのと同じように、当たり前である。

ライバルの足を引っ張っておけば、勝ち組に入る。

ライバルが不幸になれば、幸せになれると錯覚を起こすのも、他人の不幸は蜜の味と、奥底で思っているからだが、それが人間の、ある一面だということを認めねばならない。



だから「失言だ、謝罪したからいいではないか」と放っておくと、「いつか来た道」に、知らない間に向かっていくのだと想像しておくことである。
2008.11.12 / Top↑
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