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最近、寝床に入るのが早くなっている。

面白いテレビ番組でもあれば見るけれど、この頃は楽しみにするようなものもないから、枕元に本を並べて寝床に入るのだ。



この秋はドストエフスキーの長篇に挑戦するつもりである。

これまでも途中で放り投げたことは何度もあり、今回こそは貫徹するつもりになっているけれど、できるだろうか?



小説も、人間関係と同じように最終的に縁がなかった、ということもあるような気がしている。

先にチェーホフという人と出会ってしまったために、こちらの短編小説を好んで読んでいるうちに長篇に手が出ないようになってしまったのかもしれない。



しかし、今回はチャンスである。

最近、ある事情によってパソコンに向かう時間が少なくなっているのだ。

だいたい朝の9時に電源を入れ、夕方4時頃にはオフにする。

時には6時頃までなることもあるけれど、この1年間、9時から4時でおおよそ一定していている。



この時間に集中して仕事に向かう。

効率もよくなった、ような気がする。



かつては仕事に行き詰まった瞬間から面白いサイトを見つけようとネットの中をうろうろしていた。

これをやっていると時間の感覚が麻痺して、気がつくと徹夜のような状態になっている。

肝心の仕事はできないばかりか、倦怠感だけが残る。

とくに目の疲労はひどく、気分も決してよくない。



しかも、面白いサイトがあるかといえば、みごとに玉石混淆。

石ころばかりで、なかなか玉には当たらない。

だから近ごろは調べ物をする以外は知人のブログをのぞいてはニヤニヤしたり、感心したりする程度である。



決められた時間だけをパソコンに向かうという習慣ができたら、時間がたっぷりできた。

パソコンに費やしていた時間を、そっくり本を読むことに当てられるのだ。



以前、作家の佐木隆三さんが、ある作品を書きはじめようという段階でシンガポールへ旅行に出たことがある。

そこで何をしていたか。

「ホテルにこもってドストエフスキーを読み返していました」と話してくれた。



佐木隆三さんは犯罪という負の面から人間というものを見つめてみようと試みている数少ない作家だが、ドストエフスキーもまた罪を犯したものを同じ人間として見つめる優しさを持っている。

このあたりが同じロシアの文豪と称されるトルストイとは決定的に異るところである。



「自由」を持て余しぎみにしている現代に生きているわたしにとってドストエフスキーの思想の根幹にある「自由」について触れることにより、なにかが変わるかもしれない。



と意気込んで読みはじめてもたくさんの登場人物の名前を覚えきれず、ゴチャゴチャにこんがらかって、また投げ出すのだろうな、との予感もしないではないけれど…。
2008.10.06 / Top↑
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