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「形」というものを無視、破壊してしまいたい衝動にかられる。

若いころは、とくにそうだった。

伝統社会における「形」というものが鼻持ちならなず、実力さえあればいいのではないか、という気分もあった。



ところが、一遍の小説を読み、考え方が変わった。

「形」というものも大切なことなんだ、なるほど、そうかと得心したのだった。



それは菊池寛の『形』という、そのものズバリのタイトルで書かれた短編小説である。

400字原稿用紙で5枚ほどだから、短編というよりも掌編小説といった方がよいか。



見開き程度の作品だから、わたしが解説するよりも読んでいただいた方が早い。



菊池寛『形』





菊池寛の小説は“ねじれ文学”と評したのは、大江健三郎だったと思う。

多くの人が納得するような話で書き始められているが、物語が進行していくうちに、納得し、信じていた事柄がまったく別の様相をおびてくる。

あれは間違いだったのではないか、という心理状態になっていく。

読んでいる側も、そのねじれ現象のおかげで物語にひきずられていく仕掛けである。

その手際の見事さに、思わず、うなってしまう。



『恩を返す話』という作品は、その典型ではなかろうか。

興味をもたれた方、青空文庫に所蔵されているので一読をおすすめする。



『形』も、いわば“ねじれ”である。

主人公は、槍の達人である。

美しい派手な鎧兜を身にまとった武者で、その姿を見ただけで敵の兵たちは戦う前から恐れおののく。



しかし、主人公は、形ではない、実力こそが大事なのだ思っている。

だから若武者の一人が初陣にその鎧兜を貸して欲しいと頼まれた時、主人公は高笑いしながら、貸し与えた。

そして、いざ、出陣…。



これ以上はネタバレになるので、書かない。



要するに、形というものはただの上っ面のことではなく、無視することのできないものなのだ、という話である。
2008.10.01 / Top↑
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