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記憶力の優れた人がうらやましい。

過去の出来事について細部まで記憶できる能力が、わたしにはなく、断片でしか覚えられない。

その断片をつなぎあわせる回路もふさがっているようで、記憶が立体的にもならなければ平面にもならない。

ただの無数の点があるだけである。



そして、記憶からすっかり抜け落ちている出来事がどれだけあるのだろうか。

そう考え始めたら恐怖がひたひたと忍び寄ってくる。



記憶に自信が持てないから、食べ物や飲み物のことを書くのが、あまり得意ではない。

この分野に関して優れた能力を発揮している人々は、驚異的な記憶力の持ち主であることが多いようである。



たとえば、ソムリエと呼ばれる人たちは10数年前に口にふくんだワインの味、香り、色を記憶して、いつでも取りだせるという。

ただ取りだすわけではない。

それを人に伝えるために、適切な言葉に置き換えて表現するのである。



俗に「食べ物と女が表現できれば一流だ」と言われるのが小説の世界だが、それほど味覚を表現するのは難しいのである。



先だって、日本酒のなかでも最高級にランクされるお酒のご相伴にあずかった。

まずは、こちらを、ご覧いただきたい。



野暮を承知で書くが、720mlで5145円である。



これをどう表現してよいのか、とずっと考えていた。

大吟醸といえば、香りである。

その香りに華やかさがない。

いわゆるフルーティと表現されるような華やかさがないのである。

そこで、なるほど、と思った。

本来、日本酒は穀物である米で作られているのだから「フルーティ」という表現自体が、おかしいということに気がついたのだ。



それは目の前の素晴らしい景色を見て「まるで絵のようだ」という直喩的な表現があるけれど、それに似ている。



要するに日本酒をワインにたとえるようなバカなマネはするな、ということである。

ワインが一流であるかのような意識がひそんでいるから、そのような表現になるのではないか。



「東北泉大吟醸斗瓶囲」という酒は、もっとも酒らしい酒なのだ。

わたしは、そう記憶しようと思ったのである。



じつは、そのことを教えてくれたのは「佐渡島の酒ブログ」の管理人、合氣堂氏の兄上なのである。



「酒をワインにたとえるような表現はあまり好まない」のひと言があったのである。

これは、すッとわたしの記憶に留まった。



大兄は、これまたすご腕の呑み師で、日本酒は言うに及ばず、ビールや焼酎からワイン、ウィスキーにいたるまで、なんでも来いである。

アルコール度数の低いものから火がついて爆発するような高いものまで呑む好奇心もある。

酒の評論文を読むと、なんとしても手に入れて呑まずにはいられないクチである。



しかも、うらやましいことに、その記憶力がバツグンなので細部に至るまで記憶している。

「お前が書いていたから、アレも呑んだよ。書いてある通りの味だった」

と、弟である合氣堂氏に言うが、いつのまにやら書いた本人よりも詳しくなっているのである。



わたしが、「すごい記憶力ですね」と驚いたら、

「そうなんです。よく言われます。同窓会でも、みんなが忘れていることをわたしが話すから、それが糸口にり、全員が、そうだ、そうだ、そうだった、とタイムトリップするんですよ」

と笑った。



事実、かなりの量の酒を呑みながら話をしていても、

「あの人たちがやってきたのを覚えているよ。オヤジに仕事を頼んでカネも払わなかった。それが、みんながみんな払わないんだ。助け合いだ、なんだと言って。本当にひどい連中だった」

と、50年近く昔のことを昨日のことのようにあざやかに再現してみせるのだ。



わたしは、この大兄のような人が、そばに居てくれたら、安心である。

こんなことを言ったら大変失礼になるけれど、しっかりと記憶してくれる人がいれば、どれだけ呑んで忘却しても記録されているのだ。



そう思ったのは、翌朝のことである。

大兄と呑んで話したことが断片的に消えていることに気がついたのだ。



記憶力がよい、というのは、思い出をたくさん持っているということでもある。

近ごろ、人間の幸福は思い出の量にあるのではないか、と思っている。

死の直前、思い出をふり返りながら、ニヤリと笑って死ぬのが最高の人生だ、

と言ったのは作家の野坂昭如さんだが、

その言葉が日に日に重みを増している。
2008.09.18 / Top↑
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