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「それ、なんですか?」

若い人に、そう訊かれた。



「煙管用の刻みタバコ、小粋だよ」



「へえ~、きつくないですか?」





「吸い込んだらきついけど、口の中でとめて、煙をふわ~と吐き出して、その煙を楽しむものだから、そんなにきつくはないよ」





「ぼくも葉巻をやってみたんですけど、どうしても吸いこんでしまうんですよね」





「健康を気にしているの?」



「ええ、まあ…」





30代の彼も、煙草との縁がなかなか切れないらしい。





「健康にいいタバコねぇ…、そりゃ、ないな」







この手の話は案外多い。

健康に悪いとわかっていても、縁が切れない。



「人間は矛盾の束である」と言ったのは、サマセット・モームだったか…。

ついでに言えば、「わかっちゃいるけど、やめられない」と唄ったのは植木等。









ごく親しい知人の女性は、昔から健康志向が強く、自然食についてもブームになる以前から手がけていた。

とくに子育ての頃は、神経質なほど安全な食を求めていた。

かなり高価なものでも、迷いなく、購入する。



そして、誰かに自然食、安全な食について訊かれると、じつに丁寧に教えていた。

着色料、添加物などの説明に熱が入ってくると、手が自然にタバコに伸びていき、煙をくゆらせながら、熱く語る。





じつに妙な光景だが、人間のこうした矛盾が、わたしは、好きである。









「アジ、もらってください」

とやってきたのは、農民音楽家。



彼は農民だが、よほどの農繁期ではないかぎり、漁民になり、狩猟の民にもなる。



いまは完全なる農閑期に入り、漁民に変身、頃合いを見計らっては釣り場に出没を繰り返しているようだ。





わたしは、そのおこぼれをたいへんありがたくいただくのだが…。



「こんなにもらっていいの?」



「もっともっと、いっぱい取って下さい」



大きめのクーラーボックスに大型サイズのアジが、ひしめいている。



手に触れようとしたら、ピチピチッと跳ねるのもいて、活きがいいという話ではなく、生きているのだ。





「自分のうちへ持って帰らなくていいの?」





「いいんです、いいんです」

と言って、彼は続けた。



「持って帰ったら、カミさんに怒られるから」



つまり、毎日のような大漁に大奥がウンザリしているというのだ。





「なら、釣りに行かなければいいのに…」

と、喉まで出かかったが、やめた。



釣り師としてのどうしようもない性なのか、狩猟の民の血が騒ぐのか、釣らずにはいられないのだろうと思われる。







わが家の犬は、目の前にカエルがいようと、トンボが鼻先に止まりそうになろうと、ボンヤリとした目でながめている。



しかし、猫の方はそうではない。

ネズミはもちろんのことだけれど、小さな虫が動いただけで飛びかかる。

小鳥を捕獲しようと、ジッと身構えている姿は、野生を感じさせ、なかなか格好いいけれど、たいがいは徒労に終わる。





おそらく農民音楽家は犬のように見えるけれど、猫なのである。

獲物に対しては、どんな時にでも、どんなに小物でも、全力を尽くして爪を出し、牙をむく。





理性では、「こんなに釣ったら、またカミさんの小言が始まる」とわかっていても、釣らずにはいられないのだ。





わかっちゃいるけど、やめられない♪ と。
2009.12.03 / Top↑
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