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高校野球とは、不思議なスポーツだ。

プレーをしているのは高校生ではあるけれど、その選手を駒としてゲームを動かしているのは監督である。

この監督が高校生ならば純粋な高校野球といえるけれど、そうではない。

駆け引きに長けた大人である。



その大人の采配ひとつで勝敗が決する場合があるけれど、これでは高校野球とは言えないのではないかと思う。

昨日の県央工業と報徳の試合を観ていて、その印象をますます強くした。



「これは選手ではなく鈴木監督のための野球だな」

と思ったのは、4番バッターに送りバンドをさせた時である。

結果は、ランナーが2塁で封殺され、バンド失敗。

4番バッターなのだから、あの局面では打たせてみたかったと素直に思った。



そして、「これはもう鈴木監督のひとり野球じゃないか」と怒りさえ感じたのは、エース石田投手を降板させたことである。

まだ6回で、わずか1安打しか打たれていない無失点の好投のピッチャーを交代させた。

これが「県大会での勝ちパターン」だったらしいけれど、まるで2回戦用にエースを温存させるような悪印象を報徳ナインに与え、奮起させたに違いない。



これは結果論かもしれないけれど、交代直後にホームランを打たれて同点、流れは一気に報徳に向かった。

やはり、高校野球とはいえエースを1安打無失点で降板させるなんてのは失礼千万、それどころか万死に価する、とさえわたしは思う。

これが勝ちゲームを逃した原因であることは明らかで、もっと選手本意にプレーをさせたら、どうだろう。



「キャプテンシー」という言葉がある。

団体競技においてチームを統率する能力のことを言うけれど、ラグビーでは、これが重んじられていて監督は観客席から試合を見守ることを慣習としている。

もっとも選手交代などは観客席から指示を出しているようだが、ゲーム中の細かな指示はキャプテンが行うのが普通である。

こうした考え方をもう少し野球にも取り入れたらどうだろう。



池田高校の蔦監督は、細かな采配などせず、選手任せで試合を展開させていた。

打者はバンドなんてことを知らないかのようにビュンビュンとバットを振り回し、投手はガンガン投げまくる。

わずか11名しかない野球部員を引き連れて初めて甲子園に乗り込み、準優勝したときは高校野球の流れがようやく変わったと思ったものである。



県央工業が勝ちゲームを逃したのは、本当にもったいなかった。

佐高の監督なら、ああいう場面でどうしたろう?

なんてことを思わずにはいられない。



駆け引き、魑魅魍魎の大人の高校野球ということでいえば高野連のオッサン達である。

今回の桐生一高に対する高野連の判断は、おかしい。

出場を認めるというのだ。

これでは一貫性がなさすぎる。



これまで理不尽としかいいようのない連帯責任をおわせてきたのに、今回の桐生一高には連帯責任は問わないというのだ。

桐生一高の部員が行った行為は、後輩を殴ったとか、煙草を吸ったとか、酒を飲んだとか、そんな類の話ではない。

強制ワイセツとなっているけれど、これはレイプ事件である。



これで連帯責任を問わないというのなら、今後いっさい、連帯責任などというアホらしいことを高校生に求めないというのならいいけれど、そんな確約もない。



だいたい温暖化が問題になっているのにクソ暑い甲子園で能力ある若者たちを一同に集めて試合をさせるなんてのは蛮行以外のなにものでもない。

準々、準、決勝といくにつれ、投手は連投を余儀なくされるけれど、灼熱地獄の中でやらせて平然としている高野連のオッサンらの神経がわからない。



オッサンたちの役割は、高校球児にいい条件で野球のできる環境を整えることにあるのだけれども、第四の権力であるマスコミ、朝日新聞が、この大会を主催し、NHKが全面協力しているのだから、どうにもならぬ。



高校野球は、あまりにも大人の思惑の強すぎるのではないだろうか。
2008.08.04 / Top↑
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