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わたしは食事をしているときにややっこしい話をされるのが苦手だ。

刺し身でメシを食おうと思っているときに、

「あれ、やってくれた?」

「そういえば、ゴミは捨ててくれたかな?」

「あれもやっておかないとね」

などと言われようものなら、ちゃぶ台をひっくり返してしまいたいほど劣悪な気分になる。



断っておくが、わたしはちゃぶ台も、テーブルも、コタツも、ひっくり返したことがない。

けれど、一時期、妙なデマが流れた。



「能美のように一度でいいから、ちゃぶ台をひっくり返してみたい」なんてことを言う人が何人もいたのだ。



このデマの発信源はわかっている。

おそらく家人が「あの人は見た目と違って短気なんだよね。騙された」なんてことを、いくつかのエピソードをまじえて言いふらしたに違いない。



たしかにいくつかの思い当たる節がないではない。



さて、ラーメンを食おうか、と構えた瞬間に家人からゴチャゴチャと言われたので、思わずラーメンを丼ごと庭に向かって投げたら見事に梅の木に命中し、漆塗りの大椀が壊れたことがある。

そのときは「しまった、草むらに投げたつもりがあたってしまったか」と心の中で思ったけれど、黙って仕事部屋にこもった。



そして、もうひとつ。

ずいぶん昔のことだがイカの塩辛でメシを食おうとしていた時に、やはり家人がゴチャゴチャと小言をいいはじめた。

血が逆流し、思わず目の前の塩辛の入った容器を壁に投げつけたら部屋中が塩辛だらけになってしまったということもあった。



そうしたことを悪意を込めながらも笑い話のようにあちこちで話したに違いないのだ。



わたしは、食事の時は胃袋が縮むような話はするな、笑い話、小話のひとつでも用意しておけ、と繰り返し言っている。

笑いながらの食事なら消化にもいい、ような気がするのだ。



ところが、これがどうもいけないのだ。

家人は水をさす名人と言ってもいい。

盛り上がっている時に話の腰は折る。

人の話を最後まで聞かずに、話しだす。

それも論理的などというのは皆無で話がアッチへ飛んだり、コッチへ戻ったり、しまいには「何が言いたいんだ」と怒りでタクアンの5、6枚もぶつけたくなるのだ。



家人の話はただの前振りのつもりで書き始めたのに、これが主題になってしまいそうだ。



そこで閑話休題、ということにしよう。



要するに「水をさす」ということを書きたかったのだ。

先ほど、ボクシングのタイトル戦をテレビ観戦していた。

お目当ては内藤大介である。

亀田次男坊を退け、一躍、ヒーローとなった男である。



試合は挑戦者の清水智信が、最初から有利に進めていた。

判定に持ち込まれれば間違いなく内藤はチャンピオンベルトを渡さなければならなかったろう。

ところが、終盤の10回、内藤の右のパンチがヒット。

2回のダウンを奪い、逆転KO勝ちである。



いい試合を見たな、と思い、最高の気分でいたら水をさす奴が登場した。

家人ではない。

亀田の長男坊が突然リングに上がってきたのだ。

内藤選手の右手をつかんで高々と上げ、勝利を祝福しているかのようなパフォーマンス。

そして、観客に笑顔を振りまくが、肝心の観客からはブーイングの嵐。

それはそうだろう。

最高に盛り上がっていた空気を台なしにされたようなものなのだ。



亀田長男坊は、ちっとはマシになったか、と期待していたけれど、相変わらずである。

人の晴れの舞台にしゃしゃり出てきて、「次はオレとやろう」なんてことをリング上でチャンピオンに向かって言うのだから、ぶち壊しである。

重度の自己中心的思考の持ち主なのだろう。



水をさす、というのは、本当に困った行為である。

人の楽しみ、人の喜びを奪い去るのである。

もっとも明日の報道番組もどきのテレビは、この話題を間違いなく取り上げ、司会者やらコメンテーターらは顔をしかめるだろう。



ちなみに、この世界タイトル戦を放映していたのは、亀田一家の虚像を作りだしたTBSである。

実況の饒舌アナウンサーも、何が起こっているのかと、しばし呆然、沈黙していたのが、印象的だった。
2008.07.30 / Top↑
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