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ずいぶん前のことになるが、当ブログにおいて『佐渡の食 職人、泣き笑い』というタイトルで3回ほど書いた。

シリーズにしようと張りきっていたが、3回で終わっているところが情けない。



そう思っているところに「りきすし さわた」の親方から「最近、アワビにはハリを使っていないんだよね」という話を聞いた。

そこでアワビの項を加筆訂正するか、あらたに書き起こさなければならないと考えていた。



親方の話によると、たまたま用事があって九州から佐渡にやってきた方が、わたしの拙文を読んくださって、「ぜひ、りきすしのやわらかい生のアワビを食べてみたい」と思われたようである。

たいへんありがたいことである。



じつはその方も、かつてのわたし同様にかたい生のアワビのにぎりを美味しいと思ったことが一度もなかったという。

それで佐渡にくる機会があったので「りきすし さわた」へ足を運び、アワビを食べてみたいと思ったようである。

結果的には九州からのお客人は、たいへん感激されたとのことで、わたしも自分のことのように嬉しく思った。



「ただし、そのアワビ、ハリは使っていないんだよね」

と親方は言うのだ。



では、今度彼はどんな技を編み出しのか?

このことについては親方から了解を得たけれど、ヒントだけ書くにとどめることにする。



佐渡の多田で汲み上げられている海洋深層水を使用しているとのことである。



アワビだけではない。

魚介を海洋深層水で仕込んでいるため、彼は月に何遍か佐和田から多田までの長距離を自らの車で往復して100リットルの海洋深層水を運んでいるのだ。

海洋深層水は魚介の鮮度を保つ不思議な効果があることはよく知られているが、なにしろ往復でおよそ100kmの道のりである。

寿司へのあくなき執念…。

と書くと、カッコよすぎるか。



「海洋深層水のこと? 書いてもいいですよ。たぶんこんなバカなことをやる寿司屋もいないでしょ。だいたい水よりガソリンの方が高いんですよねぇ。車で走っていると時々無性に馬鹿馬鹿しくなってくるんですよねぇ。それでなくても忙しいのに、オレ、なにやってんだろって」

高い理想と厳しい現実とのギャップゆえのボヤキである。



話はちょっとそれるが、彼のボヤキ節は定評があり、聞いているこちらは笑いが止まらなくなる。

そのボヤキにはだいたいオチがつくからだ。



先日も「酢をまぶしたご飯の上に刺し身が乗っかっていれば寿司だと思っている人が多いよね」という話を振ってみた。

すると彼は「ご飯は何にでも合うからね。丼にしたってうまいし、刺し身定食だって美味しいでしょう。おむすびだって本当に美味しいから、酢飯に刺し身が乗っていれば寿司だと思う人がいてもしょうがないけどね」と、おおらかに言う。



仕込みに関して東京銀座あたりと負けないぐらいの仕事をしている彼の本音では、あんなの寿司ではない、と思っているに違いないのは、手に取るようにわかる。

わかるから、ゆさぶりをかけてみる。



「そういう意味では現代の江戸前寿司というのは、ご飯と魚の究極の相性を追求した作品だよね。芸術といってもいいんじゃないの」

職人は、芸術という言葉をあまり好まない。



「芸術って言葉、ぼくはあまり好きじゃないな」

と彼も、さっそく反応した。

「なんで? りきの寿司は芸術品だと思うけどね」

「だってさ、芸術って利を求めていないみたいじゃない」

一瞬、言葉がでなかった。



そうだったのか、彼はしっかりと利を求めて仕事をしているのだと、少なからず驚いたからだ。

彼の仕事ぶりを知っている人の多くは、わたしと同じように思うはずである。

ともすると採算を度外視してまでもいい魚を求め、そこでまでやるか、というほど仕込みに手をかけている。



蒸しアワビ



たとえば、写真にあるのは、アワビの酒蒸しである。

これは酒5合と水を合わせたものに6時間、コトコトと火にかけたものだ。















「すきやばし次郎さんは、4時間らしいよ」

と親方は言う。



それを2時間上回るのも理由があるのだろうが、もっとびっくりするのはアワビの厚みである。

ふつうアワビは長時間火にかければかけるほどやせ細って小さくなっていく。

なのに、このアワビは元の大きさとほとんど変わっていない。

どんな離れワザを使っているのか。

彼は素人のわたしには教えてくれたけれど、ここでは書けない。

いうなれば、四六時中、寿司のことを考えている彼だからこそできることなのだと思う。



味?

バツグンである。

煮汁に醤油とミリンをちょいと足したツメと、厳選された塩(フランス産だったと思う)の両方でいただいた。

もともとわたしは甘いツメよりも塩を好むが、いずれもうまかった。

その柔らかさはもちろんだけれども、長時間火にかければ消えてしまうアワビのもつ気品のある香りがしっかりと残されていて、それが口の中に広がるのだ。



彼の仕事ぶりをいちいち上げていたら、これは大変である。

仕入れに関しても彼はわざわざ両津市場へ出かけるが、目にかなうものはやはり高い。

養殖物はいっさい使わないから、当然、仕入れ値も跳ね上がる。

海苔一枚の値段を聞いて、巻物なんか海苔代にしかならないのではないかと、こちらが心配するほどである。



それでも彼は「芸術という言葉は利を求めていないみたいでいやだ」と言うのである。



そこでわたしも、つい言いたくなる。



「いやいや、仕入れだけを見ても親方は立派な芸術家だよ」

と言ったら、彼は笑いながらも、半泣きの表情をみせながら、ぼやいた。



「そんなぁ…、利を求めているんですけどね…。しかし、儲からないな…」



「芸術家だもの」



二人で大笑いした。







(この項、ちょっと長くなるので続きは後日)










2008.07.18 / Top↑
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