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一昨日は、島中で太鼓の音が響き渡っていた。

桜は満開、天気良好、最高の祭り日和である。



そんな中、一通のメールが携帯に届いた。



差出人は農民音楽家で、タイトルは「能美さんたら能美さん」である。

なにやら祭りに浮かれているような気配。



本文は「種まき終わって一段落。山菜で一杯やりましょ」というのだ。

返信すると、まだ山の中にいるという。



「8時スタートでよろしいか」

とメールを打って、わたしは呑みモードに突入した。



8時過ぎ、彼はやってきた。

手には大皿に盛られた山菜とシイタケの天ぷら、そして、ウドの酢みそ和えなどなど。



真稜 純米 生」を注いで、まずは乾杯。



さっそく、こごみ、うど、肉厚のシイタケの天ぷらに箸をつける。



うまい。



衣がサクサクとしていて、口の中に春の香りがひろがる。

からりとした揚げ具合は、なかなかのもので一般家庭の台所で揚げたとは思えぬほどである。





「揚げ方が絶品ですね」



「これ、上新粉で揚げてるんですよ」



「上新粉って米の粉?」



「そう。卵と水と上新粉だけですよ」



「これは、すごいね。小麦粉よりうまいなぁ」





彼は山菜取りのプロでもある。

山菜の自生する場所を熟知し、祭りの季節になると山に入る。

彼の農園に注文すれば全国どこにでも発送してくれる。



ついでにいえば、彼の作る米のうまさは、かなりのものだ。

なにが違うのか、素人のわたしにはわからない。



ただひとつだけ自信をもって言えることは、兼業農家のように役所や会社勤務のスケジュールに合わせて稲作を行っているのではないということ。

天候を見極め、稲にとって最適な時に、しかるべき作業を行う。



ことに山から湧きでる冷たい清流で作られた「山の田米」の味は、別格である。

小粒だけれども、うまみが凝縮していて炊きたてはもちろん、冷えてもあまみがあって、うまい。



これも注文すれば発送してくれるから、一度、試してみるといい。





その手塩にかけた米を最近購入したという製粉機で上新粉に仕上げ、新鮮な山菜を天ぷらに揚げてきたのだ。

撮影することも忘れて、酒を呑み、天ぷらをほうばってしまったのは、失敗であった。



小麦の値が昨年から上がっている。

もともと安価だったけれど、今後は高値安定が予測されている。

とすれば小麦よりも高価だった上新粉が脚光を浴びるに違いない。

すでに新潟では米の粉でパンやアイスクリームが作られるなど、米の粉の活用に注目が集まっている。



かつて蕎麦粉で揚げた天ぷらも食べてみたことがあるけれど、蕎麦粉の独特の風味があり、うまかった。

しかし、今回の上新粉の天ぷらは、そうした癖もなく、素材の味を上品に引きだしてくれている。

これはいける。



「山菜と上新粉のセット販売で、佐渡も活性化するぞ」

と、調子に乗ってグイグイと酒を呑んだ。





(追記・注文はコチラで受け付けているそうです。なお、彼の創作した楽曲集『だらりの郷』『水平線から昇る月』も、ココで紹介されていますから、どうぞ)





酒の話題には事欠かないが、ひとつだけ困ったことがあった。

農民音楽家は、独り山の中で山菜を求めながらさまよい、さまざまな想像、空想、夢想、妄想をひろげるだけひろげて下山してきたようなのだ。



まずは選挙結果の話である。

当落についての講評だ。

ここでは書けない。

事実と想像や妄想が入り乱れているから、一発で名誉棄損ざたになる。



なにしろ農民音楽家の話を聞いていると、山の神と対話でもしてきたか、というほど話の内容が深く、広く、とりとめがない。

人類の起源から始まって、オレはモンゴルで二手に分かれ、下ってきた方の末裔だなんてことを言い始めるのだ。



こちらは頭が真っ白になる。



簡単に言えば、農民音楽家は、裏のとれない話を好んで収集しては聞かせてくれるのだ。

面白いけれど、どう対応してよいのかもわからない。

9時過ぎに配達ついでに参戦した奇楽庵は、ごろりと横になりながらチビチビと呑み、ニヤニヤしているだけなのだ。



農民音楽家は花粉症である。

山の奥深く入り込んだときに、杉の花粉をいっぱいためこんだ林をすり抜けなければならず、そこで被爆したようだ。



話に力がこもってくる。

同時に、鼻水がたれる。



そこで農民音楽家はティッシュを丸めて両方の鼻の穴に詰め込む。

その顔で人類の起源、宗教の裏側、世界の民族、パワーゲームについて大真面目に力説するのだ。

笑うタイミングがつかめない。

しようがない。



「こういう顔で真面目に話をされると、たいへんつらい」

と、農民音楽家に鏡を手渡してみた。



大爆笑である。



以後、柔らかい話になり、奇楽庵は午前2時に引き上げ、農民音楽家とわたしは、続けて、呑み、対話し、寝た。



気がついたら農民音楽家の姿はなく、昼になっていた。



3本の酒は5合ばかり残っていた。



思い出されるのは、あの天ぷらの味。

最高の山菜祭りであった。
2008.04.17 / Top↑
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