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更新できなかったのは、忙しいということもあるのですが、政権が民主党に移ったせいか、腹が立って書きたくなる、という衝動がなくなったようです。



それでも無理をおして書くこともできるのですが、そんなことをして何の意味がある? なんてテツガクっぽいことを考え始めると、たちまち一行も書けなくなります。



こういう時は、読書の感想文を書けばよいのでしょう。



ところが、これがまた問題があるのですね。

わたし、系統立てて読むというのが、どうしてもできず、手当たりしだいというスタイルになってしまいます。



そういうわけですから感想文を書こうなんて考えもせずにページを開いていきますので、いざ感想文を書こうとすると、もう一度読み直すというたいへんなことになるのです。



この1ヶ月でいえば、時代モノの短編小説をつごう60編ほど読みました。

この中に感想をしたためたいと思うものが、もちろん、あるのです。



まず、それを探しだす。

タイトルは何だっけ? から始まるのですから、それだけで一苦労です。



で、発見する。

すると、これまた読み返しているうちに、筋に引っ張られ、書くのを忘れるほど没入してしまうのですね。



結局、素直な感想文というものが、書けない。



ええ、素直ではない感想は書けるのですよ。



たとえば、妙な人物がいる。

自分の言葉で説明するよりは、ある小説を介して書いたほうが理解されやすいという場合に、その小説を取りだして感想かたがた、書くというパターンです。



先の『下士官プリシべーエフ』がそうです。

人のあらさがしをしている人がいるな、と思ったら、ふと、それを題材にした作品がよみがえってくる。





そういう意味で、いま盛んに思い出されるのは、山本周五郎の『人情裏長屋』です。



その中のあるシーンが、鮮烈によみがえってきたのです。





フリで入った居酒屋で



「いちばん高い酒を出せ、ウナギやらスズキやら鯛の刺し身はないのか。金ならある、糸目はつけない」



なんて場違いなことを偉そうに言う通いの番頭、今風に言えば、小金を持ったサラリーマン風情というところでしょうか、

そういう男に対して主人公が、一喝するのですね。





「おい、番頭さんよ、ここは居酒屋といって地道に稼いだ人間が汗の匂いのする銭でうちわにつつましく飲む処だぜ、済みません場違いですがお仲間に入れて下さい、こういう気持ちで来るんならお互いさまよ、みんなの飲む酒みんなの食べる肴で、ご馳走さまと云って飲むがいい、気の毒だが勘定は払ってやるから出ていってくれ」





この『人情裏長屋』も、ずいぶん以前の読んだのですが、折々に思い出されるのは、自分も一見の客として見知らぬ店に入ることが多かったからでしょうか。



こういう具合に、わたしの読書感想とは、なにかと関連する場合にのみ、書けるのであって、純粋な感想文が書けないのですね。



『人情裏長屋』について書けとおっしゃるならば書きますけれども、これもまた面倒。

一読されて、初めて入る居酒屋や飲み屋では、どういう姿勢でいるのがよろしいか、お考えになるのも一興でありますね。


2009.10.30 / Top↑
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