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新蕎麦の季節である。

この時期に限らず蕎麦は、やはり「十割蕎麦」でいきたい。

ツルツル感がなくてのど越しが悪い、とか、ボソボソとしていて美味しくない

なんて言う人もあるが、それは旨い「十割蕎麦」を喰ったことがないだけであ

る。

「二八蕎麦」と変わらないツルツル感、細く切ってあっても、しっかりとコシ

のある「十割蕎麦」を一度でも喰ってしまったら「二八蕎麦」というものが、

まがいものであるような気がしてくる。



「二割の小麦粉」は、蕎麦がボソボソとちぎれてしまわないように「つなぎ」

のために入れるものである。

これは蕎麦の管理が困難だった江戸時代に編み出された職人の知恵であって、

冷蔵保管の技術が発達した現代であっても「二八蕎麦」がうまいと言うのは職

人の手を抜いた仕事を認めてしまうようでどうも納得できない。



佐渡には「名人」と言いたくなる蕎麦打ちがいる。

しかし、彼はプロではない。

農業を営み、親類の会社の仕事もこなしつつ、

「注文があれば蕎麦を打ちますよ」というからセミプロというところか。

出張蕎麦もやるけれど、自分の趣味でこしらえた「隠れ家」風の家屋で囲炉裏

をかこみながら、蕎麦を喰わせてくれる。



趣味と言ってしまうと、怒られるかも知れない。

しかし、ここはあえて趣味と断言したいのは、実益を求めていたら、こんなア

ホなことはしていないだろう、と思うようなことまで手をつけているからだ。



彼が蕎麦打ちをやろうとしたのは、10代の頃である。

高名な民族学者である宮本常一さんが、彼ら若い人を集めて、

「佐渡に残る若いもんが頑張らんで、どうするんだ。なんでもいい、佐渡に伝

わっていることに挑戦し、とことんやり続けることだ。そうすれば佐渡には自

然に人が集まってくる」

というようなことを言われた。

彼は、それを聴いて、「蕎麦をやろう」と決めたのだ。

そして彼は、30数年過ぎたいまも純粋に、宮本常一さんの言葉を信じているのだ。

単純という言葉も明滅するけれど、その言葉を後生大事にしようと決心し、50歳

をこえたいまも同じことを言い続けている。

「若いもんが頑張らないで、どうする?」



彼は一時期、「出汁」の研究に没頭した。

彼のこだわりは佐渡で獲れる魚介で「出汁」をとりたいということだった。

佐渡の蕎麦は、昔からトビウオを焼いて干したもので出汁をとり、冷やかけで

たぐるのが、佐渡流であり、それが最大の特徴である。

いわば「アゴダシ」というぜいたくなつゆである。

彼は、それに満足せず、佐渡で水揚げされる魚という魚を焼き干しにして、出

汁をとってみた。

そのうち歯がゆくなったのか、自ら漁業権を取得して海に出て雑多な魚介を水

揚げしては、片っ端から出汁をとっていく。

海のものをすべて試してみたところで彼は川魚に関心を寄せた。

渓流釣りの道具一式をそろえ、佐渡中の河川に挑戦した。

アユ、イワナ、ヤマメなどを釣っては焼き干しにしていく。

宮本常一さんの「とことんやれ」である。

こうなると畏敬の念をこめて「蕎麦馬鹿」という称号を与えたくなる。



「で、その川魚はどうだった?」と聞いてみたことがある。

「ある水産関係者の大御所にきてもらって恐る恐る試食してもらったことがあ

るけど、ダメだな。なんだ、これ、といきなり怒られたっちゃ。これだけ海の

幸に恵まれてるんだから、川の魚をつかわんでもええっちゃ、と怒られた。川

の魚は独特の臭みがあって、どうも出汁には合わないな」



そこで行き着いたのが、トビウオとカマスの焼き干し、それに佐渡の干し椎茸

である。

佐渡産の干し椎茸は絶品である。

大分の「どんこ」に劣らぬほどの香りを放っているが、そのことはあまり知ら

れていないし、佐渡の人にその自覚がないというのが、これまた佐渡のおおら

かさである。

そして、残念ながら佐渡では獲れないために昆布だけは北海道産を使用して、

出汁をとるのである。

囲炉裏で自らの手で炭焼きしたトビウオとカマスの焼き干し、そして椎茸、昆

布.で出汁をとった「つゆ」は、コクが出過ぎているのではないかと心配になる

けれど、あっさりと仕上がっているのが、これまた妙技というものである。

このあっさりとした「つゆ」と「十割」なのに細目に切ってもちぎれない蕎麦

が絶妙に調和して、何杯でも喰えてしまう。



その名人から電話が来た。

「新蕎麦を喰わんか。今年はいいぞ」

と、張りのある声で言うのである。

もちろん、彼は蕎麦畑も管理しているから蕎麦のデキ具合までしっかりと把握

しているのだ。

じつは、この電話の主は「恐怖のM電」のMさんである。

ところが、この日の電話は、ひとつのグチもなく、わずか3分ほどで切れた。

こういうときは気が充実しているのである。

おそらく蕎麦のデキのよさに満足し、早くうまい蕎麦を喰わせたいとの並々なら

ぬ意欲の表れであろう。



そこで、急きょ、「新蕎麦を喰う会」を開くことになった。

やはり、新蕎麦だから水にもこだわる。

ある山の中の民家を借りて、やることにした。

湧き水で新蕎麦を打とうというのである。



そこで、宮本常一さんの言葉を思い出していただきたい。

「若いもんが頑張らんでどうするんだ」

Mさんは、若い人たちに蕎麦打ちの技を伝えたくてしようがない。

気が弱っている時の彼は電話で「伝えておかないと、いつ死ぬかわからん」とま

で言うのだ。



このブログを読んで「蕎麦打ちを習いたい」、あるいは「一度喰ってみたい」と

いう意欲のある若手の方がいたならば、下記アドレス宛てに連絡していただきた

い。

11月5日(日)に開催する『蕎麦会の案内メール』を送ります。

ただし、3キロの蕎麦しか用意していないため、人数に限りがあることを、ご了

承を。



noumitaran@neptune.livedoor.com
2006.11.02 / Top↑
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