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誰が言ったか知らないが、『男の顔は履歴書』だそうである。

自分の顔をしげしげと見ることなどないから、わたしにどんな履歴が顔に刻ま

れているのか、わからない。

というより、わたしは、めったなことでは鏡を見ない。

外出の予定がなければ顔も洗わないのだ。

ヒゲは無精を越えて、怠惰ヒゲである。

だからアポなしで訪問されたらたいへん困惑する。



先日もアフリカのどこだったかに援助金を送るから靴下を買ってくれ、と主張

するうら若き女性がやってきた。

こういう人は、だいたい突然やって来る。

こちらは相変わらず鏡を見ていないから、自分がどんな顔をしているのか、わ

からないが、

「うちには寄付する金もありません。寄付して欲しいのはこちらです」

と言ったら、真に受けたらしく、珍しく、

「はい、わかりました」

と、すんなりと帰っていった。

こんなことは初めてである。



いつもは断っても断ってもパンフレットを差し出して、なんだかんだと説明し

ていく。

いつぞやは男女二人組がやってきて、若い方の男が、

「お父さんの愛の力が必要なんです。靴下を買っていただけませんでしょうか」

なんて耳ざわりのよいことを口にするので、からかいの虫がうずいた。

「なに? お前、いま、何と言った。愛といったな。愛ってなんだよ。じゃ、

なにか、おい、靴下買わないオレには愛がないってのか!」

と、へ理屈をこねてやったら、背後にいた女性があわてて、

「そんなことを言っているのではありませんから」となだめにかかってきた。

「いや、オレのことを愛がないと言ったんだぞ、こいつは」

と、にらみつけたら、

「本当に申し訳ありません。そんなつもりで言ったんではありませんから」

「いや、お前はオレに愛がないと言った。どうなんだ、おい。靴下買わない奴

は、悪党なのか」

と、たたみかけたら、「すみませんでした」と小声でささやくように言って、

帰っていった。

このときのわたしの顔の履歴には、ヤクザと刻まれていたのだろうか…。



こんなエネルギーを使うよりも鏡を見ないで過ごし、

「寄付して欲しいのはぼくです」

とささやくようなひと言の方が効果があることが、今回よくわかった。

しかし、あとになって鏡を見て、ちっとばかり恥ずかしくもなった。

寝癖のついた頭髪、頬まではえているゴマヒゲ、鼻毛との境界も、不明になっ

ている。

ちっとやりすぎたか…。

この時、わたしの顔の履歴には家があるのにホームレスと刻まれたに違いない。



さて、『男の顔は履歴書』ということだが、あるフォークシンガーが佐渡にや

って来てライブコンサートを開いた。

いまは閉じたが、佐和田のアゲインという店だった。

わたしは2枚組のアルバムを購入し、カウンター席で隣同士で座っているその

人に、

「サインしてもらえますかね?」

と、アルバムを差し出した。

彼はわたしの顔をジッと見つめる。

そして、おもむろにサインペンをサッサと動かし、書いた。

「酒を飲みたくなる顔」

これ、喜んでいいのだろうか…。

「そんな顔していますかね」

「うん、そう見える。マスター、お酒ちょうだい」

といったから、本当にそうなのかもしれないなと思った。

その人は、友部正人という人だった。



それから10年ほど経って再びわたしの顔を「酒の飲みたくなる顔」という男が

現れた。

奇楽庵である。

それが、10月20日付けのこの記事である。

エロと酒の関係について言及しているけれど論理の破綻は明らかで、ただたん

に「欲望つながり」であるらしいことが、わかる。

それはいい。

わたしの顔と、記事に登場する「会長」が並列に置かれ、顔をみたら飲みたく

なるからモザイクをかけてくれ、と奇楽庵は言うのである。



「会長」はたしかにエロい顔である。

ねえ、お酒、一緒に飲みましょ、と誘っている顔である。

だからモザイクが必要なのも、うなづける。

エロが天下の公道を歩いているようなものである。



しかし、わたしは、今流行の引きこもりである。

顔を見せにいくこともない。

じっとパソコンに向かうか、夕刻、闇が下りてくるころになって犬と散歩する

だけである。

にもかかわらず、わたしの顔を見ると「酒を飲みたくなる」という言い分は、

どうもおかしいぞ、とハタと気がついた。



わたしもようやく人生のことがわかってきている年齢である。

とっくに「天命」も知っているんである。

そのいったんを開陳する。

酒飲みというのは飲む口実が必要な人種なのである、ということである。

まわりの人間に「それはしようがないね。あの人が一緒なら」と思わせる口実

を見つけたら心から安心し、大酒を飲むものなのだ。

だから、その口実作りに「酒を飲みたくなる顔」があると便利というわけであ

る。

つまり、奇楽庵の記事に登場する「会長」や、わたしの顔は、恐妻家の彼らの

お役に立っている、ということなのではあるまいか。

だから大いに利用したまえ、いつでも顔を貸してあげるよ、と言っておきたい。



『男の顔は履歴書』なんてものは、その程度である。

しかし、男が履歴書なら、女の顔はなんだろ? 

その問いに作家の藤本義一は、こう言った。



「女の顔は請求書」
2006.10.22 / Top↑
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