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気のきいた小話にあたると、しばし浮世の憂さを忘れ、幸せな気分になれる。

フランスの『生け垣には近づくな』という小話を読んだときは、思わず手を打

った。



ある田舎町で、女房が病に伏し、看病のかいなく死んだ。

遺体をシーツにくるみ、葬列を組んで墓地へ運ぶ。

途中、ある家の生け垣のそばを通った時である。

突き出ていたトゲが遺体を刺した。

その瞬間に死んでいたと思われた女房がショックで息を吹き返し、蘇生したと

いうのである。

彼女はそれから10数年も生きて、他界したが、夫は、今度はしっかりと死亡を

確認したという。

そのうえで遺体を墓地に運ぶ。

その途中、例の生け垣にさしかかった時、彼女の夫は何度も、大声で叫んだと

いうのだ。

「生け垣に近づくな!」







近ごろ恐妻家という言葉はあまり耳にしない。

だからといって恐妻家がいなくなったわけでもない。

まわりを見渡してみれば表向きどんなに偉そうに、威張っていても、心の中で

「女房が恐い」と思っている男が多いというのが、実感である。



先だって、ある役者と飲む機会があった。

友人のカメラマンとともに佐渡にやってきたのだ。

といって、わたしは邦画をあまり熱心に観ていないので正直にいってその役者

についてよく知らなかった。

会う前にあわてて経歴を検索し、驚いた。

出演した作品がずらりと並んでいるのだ。

来年公開の作品だけでも7本もある。

その出演作品リストをながめると、彼が時代モノからヤクザ映画、パニック、

サスペンス、シリアス…、と幅広く活躍していることがわかる。

実際に会ってみるとメガネごしにも眼に異様な力があって、悪役を演じさせた

ら迫力があるだろうなと想像できた。



飲み始めて間もなく、彼の携帯にメールが入った。

「お、カミさんからだ」

声が緊張している。

そして、今度は安堵したように、

「おお、機嫌がよさそうだ。よかった、ああ、よかった」

と、心から安心したという表情で言うのである。

「なにか、やったの?」と、質問してみた。

「え、まあ、ちょっと」と、笑う。

「役者はモテるからね…、そっちの方?」

「いえ、そんなじゃなくてね、酒を飲んでさ…」

詳細については省くけれども、ともあれ、奥さんの逆鱗に触れたらしい。

彼のその時の表情からは強面のヤクザや狂気じみた悪役を演じる姿を思い描く

ことはできなかった。

そればかりか、女房の尻にしかれた情けない旦那の役も、地のままでいけると

確信できるほどだった。







じつは、この酒の席でただひとりシラフの男がいた。

奇楽庵である。

面白いと思ったのは、翌日の彼の感想だった。

彼は大真面目に、こう言った。

「なんだかんだいっても、みんな女房の尻にしかれているんじゃないっすか」

夫婦でやってきた客、既婚の女性同士でやってきた客たちの会話を彼はシラフ

の耳で聞き取り、記憶しているのだ。

しかし、奇楽庵は「男のなさけなさ」を批難しているのではない。

むしろ、「オレだけじゃないじゃん」という安堵の気持ちが強いといったほう

がいい。

なぜ、そう思うかというと、ずいぶん以前のことだが、彼は、こう言っていた

のである。

「最初は、オレがカミさんに怒ったんですよ。あまりにも腹が立ったんで。と

ころがね、最後は、なぜか、ぼくがカミさんに謝っているんですよね。なんで

だろ?」

と、さかんに首をかしげるのである。

本当に、なんで? だろ。







さきのブログに『恐怖のM電』という一文を掲載したが、そのMさんもまた恐

妻家のひとりである。

ある時、数人の妻帯者とMさんの隠れ家といっていい場所で囲炉裏を囲み、酒

を飲みながら、

「女ってのは結婚したとたんになぜあんなに強くなるんだろ。騙された気分だ」

というような話をグチグチとやっていた。

すると、Mさんが突如として自信満々、胸を張っていった。

その言葉が忘れられない。

「おめえたち、夫婦円満の秘訣を教えてやろうか」

何を言いだすのかと、全員の意識が彼に集中した。

「あのな、夫婦円満の秘訣はの、別居だっちゃ、別居」

「…」

「本当だっちゃ。別居したらケンカもせんし、いろいろうるさいこと言われん

で済むしの。円満だっちゃ」

と真顔で言うのである。

彼が時々、隠れ家で寝泊まりしていることは知っていたけれども、そういう理

由だったのかと思った。

彼は小言を言われる前に小動物のように危険を察知し、遁走するのである。

これを「夫婦円満」と言いきる彼に対して、一堂、どう反応してよいかわから

ず、笑うしかなかった。







おそらく、これらの人々も『生け垣に近づくな!』という小話を聞けば、我が

ことのように笑い、涙をふくだろうと確信している。


2006.09.25 / Top↑
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