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文章とは難しいものである。



読む側の心の状態、置かれた環境、教養の深さによって解釈はさまざまに変わる。

わずか31文字に込められた日本伝統の和歌は、その象徴のような詩歌である。

そのまま読んでも、なんのこっちゃ、とさっぱりわからないけれど、書き手の人とな

りや書かれた当時の時代背景、環境、さらには花鳥風月を知ることによって、その意

図がわかり、言葉の持つ深みがわかってくる。



文章とは、奥の深いものであり、だからこそ文章を作成する場合には心してかからね

ばならないと戒めている。





昨日、当ブログの『立て看板と青いダンプ』に、「市外者」というネームで次のよう

なコメントをいただいた。



 通りすがり・・・のつもりが、

 ついつい引き込まれて、読んでしまいました。

 佐渡市って新潟県の、ですよね。

 いまではあの夫婦のニュースだけが、

 世間へ流れるだけなので、それ以外は

 何も知らなかったのですが・・・。

 離島にあこがれる都会人は、

 瀬戸内海でも南西諸島でも、

 そうして佐渡で、心を痛めるような無残が

 白日のもとに、行われているんですね。

 それも、ただただ己が所有欲・金銭欲のために、

 だ・け!!!

 本名でこういうアクションをされているとは、

 人の命が木の葉よりも軽いこの節、

 頭がさがります。

 どうかくれぐれもお気をつけて、

 頑張ってください。





一読すると、激励のコメントであり、たいへんありがたいと素直に感謝したい気持ち

になる。



しかし、次に書き手の意図をさぐるように読んでみると、まったく異なる解釈が生ま

れてくるのである。

「脅し」ではないのか? という視点から読んでみる。

すると、すべての言葉が疑わしく思えてくるから不思議である。



「佐渡市って新潟県の、ですよね。」

と、わざわざ書いている。

少なくともわたしは佐渡といえば、日本全国、新潟の佐渡しか知らないし、わざわざ

書くことでもない。



これは「市外者」であることを強調するために書いたもので、もしかすると島内の人

間ではあるまいかとの疑いも生まれてくる。



そして、佐渡について「あの夫婦のニュースだけ」という言い方も、不自然さを感じ

るのである。

ジェンキンズ夫妻のことを指しているのだろうけれど、この夫妻に好感を持っていな

いことを問わず語りで主張しているような印象を受ける。



仮に産廃問題、環境問題に関心のある人ならば、「あの夫婦」だけではなく、朱鷺に

ついても触れるのではないだろうか。

とすると「市外者」という人は、政治がらみ、謀略がらみにより関心の強い人なのだ

と予測される。



それを裏づけるように、次の話題である。

「瀬戸内海」とは、豊島のことではないか。

この豊島で長年にわたって行われてきた不法投棄を示唆しているのだろう。

もちろん、暴力団がらみの話であることも簡単に想像できる。



さらに「南西諸島」は、ライブドア事件の深層にかかわるカジノを中心にすえた石垣

島リゾート計画を暗に示しているのではないかと思われる。

これはいうまでもなく、“野口氏の謎の自殺”までを含んだ話なのだろう。

なぜ、このように深読みをするかといえば、後半にわざわざ、こうしたためてあるか

らである。



「人の命が木の葉よりも軽いこの節」

「どうかくれぐれもお気をつけて」



要するに「月夜の晩ばかりではないぞ」と言われているような気がしてくるのである。

「本名でこういうアクションをされている」というのも、ずいぶん度胸があるじゃな

いか、と挑発されているような気もするのである。



「市外者」という人が、本当に素直に激励のつもりで書いてくれたのかも知れない。

しかし、言葉をより具体的に書いていただかないと、読み手は、自由自在、奔放に解

釈してかかるから、その意図は通じないということになる。



「あの夫婦」「瀬戸内海」「南西諸島」…、これらはいったい何を示すのか。



「木の葉より軽い」とは、具体的に、なにを思って表現しているのか。



そういったことを書いていただくと、書き手の人となりが理解でき、ヒネた解釈をす

る必要もなくなるのだが…。
2006.03.14 / Top↑
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