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日本の各地をずいぶん回った。

ひとりで歩くことが多く、日がとっぷり暮れてから夜の街を徘徊し、小料理屋

をさがすのが、旅先での楽しみだった。



路地にいい店がひっそりとあって、そこで酒を飲みながら食事を済ませる。

和服姿の女将が切り盛りしている店を探しだせた時は、気分がいい。

そうではなくても職人気質の店主がうまい郷土料理を出してくれる店に当たっ

たときも、嬉しいものだ。



見知らぬ街の初めての店だから入るには、それなりに勇気がいる。

そんなときに判断の基準になるのが、店構えだ。

シンプルなのが、いいようである。

そこを基準にしてこの店と決めて入ると、あまり外れはなかった。



ところが、近ごろはどこへ行ってもビルが建ち並び、いい店も、そうでない店

も、ビルの中におさまっているから店構えを見て判断することができなくなっ

た。

街の再開発だとか、区画整理だとか、そうした言葉を聞くたびに、また路地が

消え、小料理屋もビルへ吸収されるのかと忸怩たる思いがする。



さて、店構えである。



『りきすし さわた』も、寿司屋らしい店構えで、じつにシンプルである。

入ってすぐに眼に入るのが、寿司屋の命といわれるカウンター。

これは欅の一枚板のようだ。

木材の価格についてはよくわかっていないが、かなり値が張るのだろうとは想

像がつく。



それを前に腰を下ろしただけでも親方の寿司に賭ける情熱と心意気が伝わって

くるから、こちらも真剣勝負である。



と表現すると、やけに堅苦しいイメージを与えかねないけれど、心配すること

はない。

その柔和な顔つきと、たまに外しかねない駄洒落をまじえた話しっぷりは決し

て人を緊張させることはない。





寿司屋といえば寿司種の入ったガラスケースがすぐに浮かぶが『りきすし さ

わた』には、それがない。

ないから親方の包丁さばきがカウンター席から丸見えである。

その仕事ぶりを見ているだけでも楽しいが、見られる側は、よほどの自信がな

ければ務まらないだろうと思われる。



ご存じの方もいるとは思うけれど、この店構え、“完璧な寿司”を目指してい

る伝説の寿司職人、小野二郎さんが築いた『すきやばし次郎』の造りを模範に

している。



銀座のこの高級店に建築士を連れ立って何度か訪れ、造りや店内の雰囲気ばか

りではなく、小野二郎さんの立ち振る舞いや仕事ぶりをじかに焼き付けてきた

ようである。



この意気込みを知れば『りきすし さわた』の親方が、どんな仕事を目指して

いるか、よくわかる。



いわゆる江戸前の寿司である。

それはごまかしのきく甘い酢飯の田舎寿司とは違う。

甘さを抑えたさっぱり系の酢飯で寿司種も広範囲でありながら、ひとつひとつ

の仕事に緻密さが要求される。



たとえば、佐渡でも春になると揚がる「しろうお」。

尾頭をはずさず、身を崩さないように細心の注意を払いながら湯に通し、寿司

種にするなんてのは、江戸前の寿司を目指す心意気のなにものでもない。

面倒なばかりでトロやウニなどのような味に衝撃のない寿司種に、彼は精根

を込めているのだ。



春の訪れとともに食べたくなる握りだが、これはその日の運しだいである。

う~む、食いたくなってきた。



ともあれ、店構えは、主の心意気を表しているのだから、そこを見きわめるの

も、客の心得というものであり、寿司屋遊びの楽しみ方でもある。
2006.02.12 / Top↑
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