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これまで何度引っ越しをしてきたことか。

数えきれないほどだ、なぞと言えば嘘になるが、そのたびに儀式としてラーメ

ン屋、蕎麦屋、そして寿司屋をくまなく探索した。

この3点セットが整っていれば、家族がどう思っていようとも、その転居は大

成功なのである。



関東圏から佐渡に越してきて10年余が過ぎた。

この転居も、もちろん成功の部類だが、いくつかの難点もある。

その難点も含め、佐渡の食について考察する、という壮大なるテーマを企てて

いる。



最初にお断りしておかなければならないが、わたしは決してグルメと称する者

ではない。

食って、飲んで、語り合って、寝て、起きたら忘れているということが好きな

種(酒)族である。



そして、このタイトルも『佐渡の食 職人、泣き笑い』とするが、わたしの知

っている職人たちは「泣き笑い」ではなく、「笑い泣き」という方が正しいよ

うな気がする。

泣きながらも、笑っているのではない。

笑いながら、心の底で本気で泣いている、ように思えるのだ。



理由は、客の質である。

職人の仕事ぶりを理解できない客が多すぎるのだ。

これでは食の宝庫といわれる佐渡も、宝の持ち腐れというものである。



要は人間である。

作るのも人間、食べるのも人間。

この関係がギクシャクしていると、食文化が育つはずもない。

食材の豊かな島ですね、というだけに終わり、旨いものは高く売れる島外へ、

という構図はいつまでたっても変わらないに違いない。

それでは、つまらない。

だから、書くことにした。



まず、次に紹介するブログ『山水・だらりの郷』の記事を読んでいただきたい。

「寿司屋は星の数ほどあれど」というタイトルである。



書き手は、米農家である。

そして、釣り人でもあり、音楽家でもある。

いわば、米作り、魚釣り、音楽の職人といってもいい。

そういう人の眼は鋭い。

手抜きを見逃さないし、許さない。



そして、わたしはこの記事を読んで感動すら覚えたのは、わたしも同じ感想を

いだいていたからである。

そこで、次回から、しばらく『りきすし さわた』の親方の「泣き笑い」を、

書いていく。

寿司とは何か、そこを愚直に追求する男の物語となるかもしれない。
2006.02.03 / Top↑
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