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祭りは、バカバカしいほどいい。

なんのために、そんなことをやるのか?

そんな疑問符がたくさんつくほどいい祭りである。

と、勝手に思っている。

バカバカしいなどと表現すると誤解を招く恐れがあるけれども、あえて書くな

らば、佐渡はバカバカしい祭りの宝庫である。

羽茂の「つぶろさし」を初めて見た時は、本当に驚いた。

この時代に、こんなことを大真面目にやっているのか、と天と地がひっくり返

るほどの驚きを感じたのである。

ここではあえて「つぶろさし」の説明はしないけれども、このバカバカしさは、

一級品である。

佐渡島内でかなりの集落で行われている鬼太鼓にしろ、集落内の各家を朝から

夜中に至るまで門付けして回るなんてことが毎年行われているのである。

畑野の小倉では、よく死人が出ないものだな、と思われるほど過酷な祭りが毎

年展開されているのは、よく知られている。

いったい、なんのために、こんなバカバカしいことをやるの?

いくつもの理由はあげられるし、実際にいくつもの解説を耳にしたり読んだり

もした。

「神事」ということも知っている。

しかし、それでもあえて言うなら、そのような理屈などいらないのが、祭りで

ある。

頭で考えたりしてはいけない。

バカバカしいことを真剣にやるのである。

真剣にやるから、芸や技が磨かれ、熱狂し、感動する。

それが、祭りの本質のような気がする。



10月16日、真野新町の祭りにお呼ばれした。

本来、この祭りでは「大獅子」が町中に繰り出して邪を払ってくれるらしいけ

れど、それは残念ながら見逃してしまった。

この「大獅子」も熱狂の域に達したら、たいへんなことになるらしい。

若い女はそばによるな、といわれているのだが、女と見るや、大獅子はすかさず

取り囲んでの邪気を払う行為なのかどうか、かなりの粘着的な接触を行う。

今風にいえばセクハラ三昧であるらしい。

それも祭りの熱狂、酔狂の類であり、ことさらに非難するのも、つまらない行為

である。



さて招かれてお訪ねしたお宅は歴史の重みを感じさせる町家のたたずまいで、間

口は狭いけれども奥行きのなんと広いことか。

こうした屋敷は京都にも多く見られ、一歩、足を踏み込むと、ことさらに歴史を

肌で感じるのは、わたしが開拓が始まってわずか百数十年の歴史しかない北海道

で育ったからに違いない。

そんな旧家の若い主はジャズをこよなく愛する人物で自らもサックスを奏でるが、

その音色は妖しげな色気を感じさせ、祭りを一層、熱狂酔狂の世界へいざなった。

にごり酒の深い味わいと酔い、そしてサックスの音色が肉体を自然に反応させた

のだ。

バリトンとテナーのサックスの音色に合わせ、腰をくねらせながら踊りだした青

年は、いつしかズボンを脱ぎ捨てていたし、「天命を知る」年齢に達したわたし

も、重たい体を振り回していたようである。

年齢よりもはるかに若く見える主のご母堂は、青年やわたしの踊り狂う姿を見て、

あわや呼吸停止か、と思われるほどの笑いに襲われていた。

いわば、熱狂の祭り、というより、バカバカしい祭りを、青年とわたしは演じて

いたのかも知れない。

「踊る阿呆に、見る阿呆、どうせ阿呆なら…」

というフレーズ、そのままであったようだ。

「厳か」という言葉を頭ではなく、わたしの肉体が知るには、まだまだ先のよう

である。



Kさん、そして、ご母堂さま、ありがとうございました、と厳かに申し上げます。
2005.10.21 / Top↑
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