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 厳寒の地、オホーツク海のそばの網走湖で氷上のワカサギ釣りを初めて体験した。

 子供の頃、その湖には天然のスケートリンクができた。粉雪は強い風に吹き飛ばされ

て、まるで掃き清められたように氷の世界が広がっていた。冬休みになると毎日のよう

にスケート遊びに興じたが、当時、ワカサギに目も向ける者がなかったのか、釣り人を

見た記憶がない。しかし、近ごろは湖に色とりどりの華やかな風よけ用のテントの中で

暖房器具を持ち込んだ釣り師たちが五十センチ以上の厚さの氷を手動ドリルで穴をあけ、

数時間で百匹、二百匹という単位でワカサギを釣っているのだそうだ。

 昨年、その湖のほとりに建つ老舗観光温泉ホテルの三代目のAさんと知り合いになっ

た。そのAさんにこう言って誘われたのである。

「一度、わが家に遊びにきませんか? 三十分ほどワカサギを釣って、冷えきった体を

温泉で温め、テンプラを肴に一杯というのは、どうですか?」

 一度酒を飲んだ程度の関係なのにAさんは私の嗜好をピンポイントでついてきた。

「釣ったばかりのワカサギのテンプラを肴に、一杯」とは何と心地よい響きであろうか。

 さっそく私は釣りに凝りはじめたという友人のYさんを誘った。ともに酒はいける方

で私は純米酒、Yさんは鹿児島の芋焼酎を二銘柄用意しておもむいたのである。

 釣りに参加したのは、Aさんの五歳になる男女の愛らしい双子と大人三人。その五人

がワカサギ釣りを仕切っている管理人室の前に立ったのは、夕方の四時前で陽は落ちて

いなかったから、それほどの寒さは感じなかった。

「えッ? 四時までですか」

 と問い返したのは、Aさんである。約十分後に貸し竿を回収し、管理人室を閉じるこ

とになっているという。

 Aさんの父親が経営するホテルは目と鼻の先にあるのに、そんなことも知らなかった

のだろうかと、うっすらとヒゲをたくわえた自然派らしい容貌のAさんをしげしげと見

つめて私は内心不安になった。

 Aさんはあわてて名刺を取りだして、

「私はあのホテルの専務です、明日竿を返しに来ますから」

 と強引ではないれども、拒否を許さない頑な姿勢で頼み込んで承諾されたのだが、私

は自分の思い込みの強さを反省しなければならなかった。

 湖畔で生れ育ったAさんならワカサギ釣りなどお手の物、装備も万全、すべておまか

せでOKと思ったのは、とんでもない間違いだったことに気がついたのである。

「いえ、僕は一度だってやったことはありませんよ。あんな寒いところでよくやってい

るなァと、バカにしていたクチですから」

 と聞かされ、私は愕然、呆然として、肩とアゴがはずれる思いだった。

 ためしに魚釣りに凝っていると言っていたYさんにも聞いてみた。

「オレは夏の海釣り専門だからなぁ。ワカサギは初めてだわ。こんな寒いところで好き

好んでやらんべさ」

 彼は短いパッチに股引き、指先を切った軍手、二種類のホッカイロで冷えを防ぐとい

う装備で身をかためていたからかなりのベテランのように見えたが、見えただけであっ

た。結局、双子の子供を含め、全員が「ド」のつく素人なのである。

 管理人に千六百円徴収された。入漁料、貸し竿、エサ代だという。子供は無料だから

大人三人合計で四千八百円なりである。嬉々として竿を受け取ったのは、それが高いの

かどうか、世間の相場にもうとかったし、何より百匹、二百匹単位で釣れると聞いてい

たからである。ずっと地元にいるYさんにいたっては「釣り終わる頃、連絡するから取

りにこい」と、知人に豪語していたほどである。

 初老の管理人が素人集団を引き連れ、釣り場に案内してくれた。といってもそこら中

にあいている穴ポコすべてが釣りのポイントであるから案内なしでもわかるというもの

である。

 しかし、ちょっとそこまで外出といったいでたちで釣り竿をかついでいる私が、その

ド素人の代表のような顔をしていたのだろうか、管理人は私の竿をとり、7つの小さな

ハリにサシと呼ぶエサをつけながら、エサのかけ方を伝授してくれた。フムフムと言い

ながら大人は真剣な顔で見つめていた。

 管理人は、穴の中にソーッと糸をたらした。

「湖底にオモリがついたら、わずかに引き上げればかかりますから」

 と説明している間にもピクピクというアタリがきた。引き上げると銀色に輝くワカサ

ギが一匹かかっている。ワカサギの口を傷めないようにハリを抜くのではなく、口を傷

めてもいいから、そのまま引きちぎればいいという。そのワイルドな感じが指先の不器

用な私にはありがたいと本気で思ったものである。

 釣り上げられたワカサギはそのまま氷の上に放置され、三秒ほど飛び跳ねていたが、

すぐに瞬間冷凍の状態になった。

 何の技術もいらぬ。ただエサをつけ、糸を垂らせば食いついてくるのである。素人で

もできる。さっそく釣りにかかった。すぐにアタリがくる。大漁の兆しである。子供た

ちにも釣らせ、釣れた魚をはずし、エサをつける。

 三十分も経過したろうか、男の子が、

「オシッコしたい」と訴えた。

 冷えてきたのである。

「その辺でやりなさい」と、父親のAさんは立ちションをすすめながら、注意も忘れな

かった。

「穴の中にチンチンを入れてしたらダメだよ」

 Yさんと私は目を合わせ、笑っていいものか、どうか迷った。万が一、そのようなこ

とをしたら一瞬にして可愛いオチンチンがワカサギのように凍りついてしまうから本気

で注意したのだろうと解釈したが、そうではなくジョークだとしたら、Aさんについて

見直しの必要を迫られたような気がした。

 原子物理学に関心を抱いた彼は、ある政府関係機関で水素を使った核融合の研究者と

してのキャリアを持つ。原理は水素爆弾と同じだが、研究者の間ではその危険性につい

てほとんど認識されずに平和利用を目的として研究を重ねられていたというから驚きで

ある。しかし、彼は一転して反核主義に回り、原子力エネルギーはおろか石油や電気に

も頼らない生活を目指して奮闘している。彼の試作中の家庭用の風力発電機が完成すれ

ば、かなりの電力をまかなうことができそうで大いに期待できる。ともあれ、彼は大真

面目な学究肌のタイプであり、私や飲み仲間のような低俗なジョークを言ったりするも

のだろうかと、その正体がわからなくなってしまったのである。

 立ちションの頃から、釣れる間合いが心持ち長くなってきた。そして五時近くになり、

それまで凪いでいた空気が突然、破られた。風が雪を舞い上げるように吹いてきたので

ある。冷気が全身をおおい、冷えた顔面の筋肉がこわばっているのがわかる。まるで冷

凍庫に閉じこめられたような寒さである。

「網走市内が零下十度なら、こちらの方は零下二十度ぐらいですかね」

 Aさんが軽く言っていた言葉を思いだす。

 不器用な私には薄暗いためによく見えないのと、指先が冷たくなってエサをうまくつ

けられなくなってきた。ええい、面倒くせえ、という気持ちがせり上がってくるのを自

覚したとたんに、よろしくない妄想がわいてきてしまった。

 このサシと呼ばれるエサは明らかにウジ虫なのである。寒さで仮死状態になっている

から気にならないが、動き回っていたらとてもじゃないが、釣りなんかやっていられる

ものではない。そして、このウジ虫をエサにワカサギを釣り、釣れたワカサギを人間が

食うということは、あまりにもわかりやすい食物の連鎖である。だから目の前のウジ虫

に感謝しなければならないのだろうが、この寒さのなかでは、そんな余裕もない。

 だいたい、このウジ虫は何を食って生きてきたのかと考えてから、すっかり釣りへの

意欲を失ってしまった。私の子供の頃、湿った木くずや蓆の中でモゾモゾと生息してい

ただけではなく、便所の中にも、それはいた。動物の腐りかけた死骸の中にもうごめい

ていたのを、私は見て知っているのである。

 という想像にいたったところで、「もう上がろう」と声をかけ、釣りを終えることに

した。子供が数えたところ、合計で三十八匹ほどの釣果があった。「百匹単位で釣れる」

というのは釣り師特有のホラ話としても大人三人で三十八匹、しかも四千八百円の大金

がかかっているから、一匹あたり百二十六円になる。それに一時間の労働時間を大人三

人分加えたら…、などと計算するのはヤボというものだから私は、そのことには触れず

に黙って温泉につかった…。



                              (後編へ続く)

 
2005.10.19 / Top↑
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