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今回の産廃施設の問題では何人かの市議会議員に問題解決のために力を尽く

していただいています。

なかでも金山教勇議員は佐渡市議会で一般質問されるなどの議会活動の他に、

小杉邦男議員とともに『水と緑暮らしを育む会』を組織して業者や佐渡市長、

新潟県知事宛てに申入書を提出、産廃施設見学会や合同連絡協議会などに積

極的にかかわってくださっている方です。

その金山議員が、今日6月16日、佐渡市議会において一般質問に立たれます。

もちろん、産廃問題も、質問の重要項目として取り上げて下さるとのこと。

この問題に関心を持たれている方は、ぜひ議会を傍聴していただきたいと思

います。



★金山教勇議員の一般質問は旧佐和田町の議場で午後3時頃から始まる予定で

す。多数の方が傍聴席に来て下さることを願っています。



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文章には、人柄が表れるという。

私は選挙公報をあまり読みたいと思わない。

信頼できると思わせる候補者の文章に出会えたためしがないからである。

前々回の選挙の際も各戸に配られた選挙公報の候補者一覧にざっと目を通した

にすぎない。

ところが、金山議員の文章に眼がとまった。

異彩を放っていたのである。

ありきたりの抱負と、ありきたりな公約が並ぶ中で金山議員のそれは、私的と

いっていい話題をあまりにも正直に率直に書かれていたのである。

実母の話だったと記憶している。

そこから福祉のあり方についての政策を展開されていた。

見事な文章であると、ひそかに敬服していたのである。

そして、このたびの産廃問題で初めてお会いした時、その選挙公報の一文が浮

かんだ。

文章に表れている通り、誠実な方であった。



さて、ここで何を言いたいか。

じつは、金山議員は、佐渡市の『議会広報』の「編集後記」を書かれた。

ところが、その文章が広報編集委員長と副委員長の判断によって“書き直し”

を指示され、書き直した文章は、なんと“ボツ”にされてしまったのである。

ボツ原稿とした理由は「議会の一般的なこととか差し障りのない内容」ではな

いから、ということらしい。

つまり、市民は「議会の一般的なこととか差し障りのない」議会広報を読まさ

れている、ということになる。

金山議員は、その“ボツ原稿”に至る経緯をまとめたものを、「佐渡伝道を推

進する会」が発行している『佐渡だより』に寄稿している。

その全文を、ここに紹介したい。

佐渡市議会の体質、差し障りのない議会広報の実態が、浮かび上がってくる。

以下、金山教勇議員の文章である。







       没になった編集後記

                 金山教勇(佐渡教会会員・市議会議員)



 最近になって教会に出かけるときの足取りが軽くなった自分に気付かされて

います。日々の暮らしの中での失敗談や自分に欠けてるものが、ごく自然に口

をついて出てくるようになりました。

 今日も何気なく「希望の莟」等と書いて、僕よりずっと若い三村牧師にひや

かされても平気でした。

 これまでは、そうはいきませんでした。心がしぼみ、気力がなえ、人と会っ

たり、話ししたりするのが重荷で、家に閉じこもりがちでした。月に一、二度

の診察と投薬を受けるため、病院へ行くときが一番気の休まる状態でした。

 去年の三月に佐渡の十市町村が合併して、人口七万弱の「佐渡市」になりま

した。六十五歳以上の高齢者が三分の一を超えています。

 合併してみたら初年度から十数億円もの収入減となり、市議会では、財政や

建設事業計画の見直しをつよく迫る質疑が多く、また福祉施設入所の待機者が

五百人近くいることも明らかになりました。

 ふさぎ込みの一要因となった僕の話を紹介しましょう。議会広報の「編集後

記」をめぐっての顛末記です。



 「事のなりゆきはこんな具合だつた」 これはファーブル『昆虫記』の書き

  出しである▼金北山(きんぽくさん)に近い真光寺(しんこうじ)という

  集落で、産業廃棄物の処理場建設をめぐっての戸惑いや疑念が住民の間で

  ささやかれていることを知ったのは、一冊のミニコミ誌『ぱすぬす』に載

  った一文「どーいんのや!」からである▼周辺住民に何の説明もなく、建

  設資材などを積んだ大型トラックがしきりに集落の細い道を駆け抜ける光

  景から、近くの山中に産業廃棄物の処理場を作ることが判明したという▼

  施設の処理能力を超えたオーバーフローは必ず不法投棄・処理につながる

  のだ▼市長の答弁のニュアンスは住民の命や健康よりも企業活動の優先だ。

  無告の民をバカにしてはいけない。文明のオーバーフローで溺死しないた

  め、住民も嫌なことは嫌と言うべきだ▼今日一冊の本を注文した。レスタ

  ー・ブラウン著『プランB』京都議定書離脱のブッシュ政権を批判する環境

  問題専門家である。 金山教勇記



 議会広報編集委員が順番で書くことになっていて、九月議会の編集後記が僕

に当てられてのでした。署名入りで書くことが決められていたので、一般質問

で取り上げた産廃施設の補足の意味をこめた原稿を届けると何日かして「書き

直してくれ」と連絡が入りました。 

 広報編集委員長と副委員長が相談した結果、「議会の一般的なこととか差し

障りのない内容で頼む」ということでした。電話での応酬があった後、僕は書

き直すことにして再度届けたのが以下の原稿です。





 「事の成りゆきはこんな具合だった」これはファーブル『昆虫記』の書き出

  しである▼金北山に近い真光寺という集落で、産業廃棄物処理場建設をめ

  ぐって戸惑いや疑念が住民の間でささやかれていることを知ったのは、ミ

  ニコミ誌『ばすぬす』に載った一文「どーいんのや!」からである  一

  般質問で取り上げた産廃間題の補足を、編集後記としてこう書き出した私

  の署名入り原稿が没になってしまった。議会全般にわたる意見や感想を書

  いて欲しいという▼敗戦によって得た民主主義は、基本的人権という個が

  始まりではなかったのか。いましきりに個の風化を感じる▼一方で国家の

  美名のもとに国民的なアイデンティティの糾合、ナショナリズムの構築が

  「普請中」だ。まさに同化信仰である▼ひとつの詩句に凝縮する世界をか

  いまみる。「駄目なことのいっさいを 時代のせいにするな わずかに光

  る尊厳の放棄」(茨城のり子)「脱構築」「差異」などの言葉で知られる

  哲学者ジャック・デリダがこの十月に亡くなった。



 自棄ぎみになって書き直した原稿は無残です。折り合いもつけられず、思考

の筆圧が騰(あ)がったまま、吐き捨てるように文字を綴っていくうちに、僕

は言いようのない自己嫌悪にとりつかれていました。その日の夕方に電話があ

り、「前の原稿と同様の理由で載せないことに決まりました」と、僕の方から

は決して手の届きようのない場の感覚で告げられ、確かその時、僕の返事は声

を結ぶことができなかった気がします。

 その後、数か月たって「教会が楽しい」と言える自分が不思議な気もします。

回復なのか、それとも変化なのか、いまの僕にはわかりません。はっきりさせ

ることがいまの自分に必要なのかどうかもわかりません。教会に行ったときに

覚える安堵感はどこからやってきたのだろうか。楽しいと感じ、安堵を覚える

ことのきっかけは何であったのか。いまの僕はしいてこれらのことを探り当て

る必要を感じていないようです。もとから自分の裡に棲まわせているような気

もするのです。

 暦に合わせ冬将軍のよろいがめくられていけば、春はそんなに遠くありませ

ん。佐渡教会でも四月には、三村牧師の家族(妻の荒井眞理さん)を担任教師

として迎えることになります。それと前後して、建築後五十年の牧師館の一部

増改築も始まります。中越大地震による甚大な被害のことにも思いを馳せる中

で、とてもつらい決断をすることになりました。

 このようないま、佐渡教会がほんとうに多くの教会とそれに連なる方たちか

ら言葉には尽くせぬお支えをいただいていることに、率直に感謝と喜びの気持

ちを表すとともに、これからの佐渡教会の計画に、どうかみなさまからの祈り

と支えを心からお願いいたします。
2005.06.16 / Top↑
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