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回答(1)で「業者も市も、思う通りに施設の建設をやってのけたではないか」

と書いた。

それを裏づけるのが、回答(2)にある。

(注 なお、回答書を参考にする場合、ここをクリック。



多くの人は、なぜ佐渡市(旧佐和田町)が産廃処理施設の建設計画を承知した時期

を訂正したのか、その理由はわからないだろう。

要するに責任を逃れるためには計画の全容を早くから知っていてはまずいのである。

知っていながら住民には何も知らせなかった。

この事実が判明することが、行政にとって避けたかったのだろう、と思われる。

しかし、今回の申入書で、そこを追及され、逃げられなくなったとの判断から、し

ぶしぶ、

「計画を承知した時期について大変申し訳ありませんが訂正させていただきます。」

という言葉になった。

しかし、実態は、それほど生易しいものではない。

「知っていたのに知らないふりをしていた」どころか、業者に対して悪知恵を授け

ていたフシがあるのだ。



業者が平成16年12月12日に県に提出した「事前協議書」に添付された書類の中に

「西二宮自治会第1回住民説明会議事録」(平成13年10月15日)がある。

そこには産廃の搬出入ルートについて、こんな記述があるのだ。

「西二宮集落内の道路をなるべく通らないようにするために、上にある林道国仲北

線から入れるようにした方がいいと思うのでそのように出来ないかとの質問には、

町道を勝手に整備することは出来ないので、地元と一緒になって当局に要望し早く

そのようになるよう働きかけ等、協力したいと社長が答弁した。」(※文章は、事

前協議書のママ)

それから、およそ4ヶ月後の平成14年2月3日に行われた西二宮自治会第2回説明

会、その「議事録」には、こう記述されている。

「長い目で見れば、上の国仲北線から降りてくる方が良いと思うしその方が皆さん

の同意も得られやすいと思うがとの質問には、施設が出来るようになったら町も話

を聞くと言っているので、まずやらせて貰ってその後に役場に働きかけをしたい。」

(※同じく事前協議書のママ)



平成14年2月3日の時点で「施設が出来るようになったら町も話を聞くと言ってい

る」とは、どういうことか。

申入書が提出されるまで佐渡市は、この計画の全容を知ったのは平成14年5月と言

い張っていたのである。

しかし、現実には平成13年11月12日に業者から「越前工務店リサイクル処理施設

設置計画概要」という書類が旧佐和田町に提出されていたのである。

ちなみに、この書類には当時の町長名が記されていて「斉藤和夫」とある。

ある筋の話によると斉藤町長(当時)は「住民の同意がないかぎりはダメだ」と言っていた

そうである。

が、斉藤町長が、合併問題の騒動で、その1ヶ月後に辞任。

翌年行われた町長選挙で当選した中川修町長になって、なにやら事態が変わったよ

うである。

それはともかくとして、これらの事前協議書の「議事録」から判断して、

「まず施設を作ってしまえ、道路は整備できるようにする」

と旧佐和田町(現佐渡市)が入れ知恵しているのが、明白ではないか。

にもかかわらず、回答書には、しらじらしくも、こう述べているのだ。

「なお、産廃の主な搬出入経路については平成15年10月8日付けで事業者から佐渡

市(旧佐和田町)に提出された資料では西二宮を通るルートと承知しておりました

が、平成15年12月24日付けで県から正式に送付された事前協議書では真光寺・国仲

北線ルートになっていたもので、事業者が県への事前協議書の時点で変更したもの

と考えております。」

まるで業者が勝手に変更していた、といわんばかりだが、逆である。、

住民の無知につけこんで、これまた無知な業者を、しっかり「指導」して、まんまと

施設を作らせた行政の姿が丸見えになっているではないか。



そして、回答「2」には、「県の指導要綱の『産業廃棄物処理施設の立地等に関する

事項』について総合的に検討した結果」という箇所があるが、これも本当に検討した

のか? との疑念がわく。

それについては、項をあらためて書くことにする。
2005.05.14 / Top↑
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