上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
産廃施設建設騒動のさなか、「勉強会」が催されたのは平成16年11月5日のことだった。

施設はほぼ完成し、破砕、圧縮などの重機が施設内に設置されていたから、

「時、すでに遅し」の状況にあった。

それでも、この勉強会は将来にわたって続くであろう「産廃問題」を考える上で

貴重な知的財産となったのは言うまでもない。

じつは、この勉強会はたったひとりの女性(Mさん)の呼びかけからはじまったのである。

この項では、そのMさんの動きを追うことで、大騒動にいたる流れを整理してみたい。

おそらくMさんがいなければ産廃施設はすでに何ごともなかったかのように操業し、

住民は不快な気分を押し殺しての生活を余儀なくされていたろうと想像される。

したがってMさんは、いわば業者、行政からみれば目の上のコブである。



Mさんは平成16年7月30日に開かれた真光寺地区の説明会に出席した夫の報告を受け、

すぐに強い危機感を抱いた。

自宅前の幅4メートルほどの道を産廃を積んだ大型ダンプが通過することになる、

というのである。

そればかりか、小学校にあがったばかりの長男が通学路にしている天王線も産廃の搬入路になると報告された。

Mさんの夫はすぐに知人を通して西二宮の情報を得た。

「西二宮の説明会では中山トンネルから入るから民家の前は通らないと越前工務店の社長は言っていたはずだ」

知人はそう言って、確認の問い合わせに走った。

「当時の区長に聞いたら、そんなことを言っていたかな、と首をかしげた。

そして、公道だから通ってはならんとも言えんじゃないか、

とあいまいに行政と同じことを言っている。どうも様子がおかしい」

と知人は感想を述べた。

この時点で西二宮の当時の区長は真光寺が搬入路になることを

越前工務店との事前協議の段階で知っていた可能性がある。

これは憶測に過ぎないが、そのことを隣の集落である真光寺に通達しなかったことが、

後に大きな問題に発展していったのではないか。

その結果として今年2月に急浮上した「西二宮に新しい道を造って搬入路としたい」

との行政側からの申し出を西二宮が拒絶できなかった理由がここにあったと思われる。

「西二宮にも責任のいったんがある」との意見が、

この4月24日の西二宮臨時総会であったのは、そのことをさすのだろう。

このことは本項の主旨から外れるので、ここでやめておく。



勉強会を主催したMさんは、田畑を耕し、のどかで、穏やかな暮らしができるからと、

過疎化する一方のこの地に、家族3人で島外から引っ越してきたのである。

しかし、林に囲まれた家での暮らしが一転、目の前の道路が産業道路化し、

幼い子の生命の危機が確実に迫ってきたのだ。

これでは何のために自然豊かな島に引っ越してきたのか、

と夫婦共に絶望的な気分に襲われたことは想像にかたくない。



こうしたIターンと呼ばれる人々を、佐渡市は大歓迎している。

少子化が進み、高齢者が増え続ける佐渡ではずいぶん前から行政が

率先してUターン、Iターン政策を推進してきたのである。

断っておかなければならないのは、Mさん家族がことさらに行政を頼りにし、

その力を借りて佐渡に引っ越してきたのではない。

生まれて間もない乳飲み子を連れて足を運び、

そこで得た知人との関係から佐渡移住を決断、

自らの力で真光寺という自然豊かな地を選んだのである。

地元の人々にも負けないほど、豊かな自然の残る佐渡の素晴らしさを

愛している家族なのである。

にもかかわらず、一切の説明もなく施設を造り、事後承諾のような形で、

「あんたの家の前を10トンダンプが通る」と、一方的に通告されたのだ。

仮に佐渡市が本気で少子化に歯止めをかけ、将来の高齢化社会を真剣に考えるならば、

Uターン、Iターンを決してないがしろにしてはならない。

そうした人々が佐渡で満ち足りた気持ちで暮らすことが、

さらにIターンを呼び込む力になるからだ。

しかし、このような仕打ちを行うことは、Iターン組に、

「どうせ“よそ者”だから、ないがしろにされるんだ。いやな島だ」

と愛情とは裏腹の憎悪だけを残すことになる。

たった3人の若い小さな家族だけれども彼らの希望を打ち砕くことは、

このインターネット社会では大きなマイナス効果になることを

行政はしっかりと認識しなければならない。



その頃の真光寺もまた、行政の言いなりになる可能性が高かった。

自治会役員の間でも「書類はそろっている。反対してもどうにもならん」

という意見に代表されるように,

「協定を結ぶしかない」と早くも諦めムードが漂っていたのである。

なにより地元の市議会議員に相談しても、

「そんなことは知らん」という冷たい態度だったという。

じつは、この市議会議員こそ、今回の産廃施設誘致に最初からかかわっていた,

と噂される人物であることを真光寺住民は後に知ることになる。

さらにMさんは佐渡市佐和田支所に出向くが、

担当者から「公道だから通るなというわけにはいかん」と、

冷たく突き放されたのである。

頼りにすべき人間がいないIターン組の悲哀を、

このときほど感じたことはなかったろう。



地元ではラチが明かないことを悟ったMさんは他の地区を地盤とする複数の市議会議員,

さらに佐渡の外海府地域で砂利採掘を巡って住民の反対運動が起きているが、

その運動の中心人物にも連絡を取り相談する。

そして、新潟市内の弁護士に相談するために単身、船に乗った。

こうした活動からMさんが得た結論は…。

「ひとりで反対しても白紙に戻すのは不可能。

住民がまとまって反対の声をあげるようにしなければ、何も動かない」

ということだった。

敵を攻める前に、味方を増やすこと。

これが住民運動の基本であることを、

過去において運動という名のある活動にかかわった経験のないMさんが,

肌身で知りえたことだった。

そこでMさんは、真光寺の子供会に相談してみたのである。

「子を持つ親」の意識は、地元であれ、Iターンであれ、共通するものである。

何より、産廃を積み込んだ大型ダンプが行き来するという天王線は、

道幅4メートルほどの歩道のない通学路である。

子供たちを、そんな危険にさらすわけにはいかないと親たちが考えるのは当然だった。

本来、少子化を憂いているのは行政である。

このままでは島は過疎化する一方だと言っている割には、

自分たちの社会の子供たちを守るどころか、

危険にさらすことを平然とやろうとしているのだから噴飯物としか言い様がない。



Mさんの説得に、真光寺子供会の会長の心が、動いた。

「真光寺自治会と連携して闘いましょう」

ここから流れは、大きく変わるのである。

真光寺、東山田の住民たちが、業者、行政のやり方に

「おかしい」と声を上げ始めた。

これが、平成16年9月ことのことである。
2005.04.27 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://noumitaran.blog109.fc2.com/tb.php/432-d3e5a40e

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。