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今日は産廃問題から離れることにする。





ある女性から電話をいただいた。

雑談していると、突然、こう言われた。

「あなたは、大人の女が泣くってこと、わかる? あなたにはわからないでしょうね」

「え? なんでしょう、突然、ほこ先がこちらに向きましたね」

「だって、あなたは、『酔漢妄想記』で、女のことをチクチクと書いているでしょう」

知人が毎月発行している小冊子に寄稿している私の雑文を読んでくださっているようである。

「あらら、読んでいるんですか?」

「そうよ」

「あれは、読み物です。遊びですから、そんな大げさにとらないでください」

そう言って、笑ってごまかしたが、

「いやいや、本気で書いているでしょう」と、なかなか手ごわい。

話題を変えなければいけない。

「Kさんは、佐渡におられるんですか?」

旦那さんのKさんはたいへん忙しい方で、島外に限らず、国外にも出かけて行くから、なかなかゆっくり会うこともない。

「いますよ。今は、ちょっと外出していますけどね」

「たまには、一緒に飲みたいんですけど、いいですか?」

「あら、いいわよ。ぜひ、お越しください」

「うれしいな、そう言っていただくと」

「なに、言ってるの。いつも待っているんですよ」

この方とは佐渡で知り合い、十年来のおつき合いである。

辛辣なこともはっきりと口に出せる優しさの持ち主だから、会話していても楽しい。



ある年齢に達すると、小言を言ってくれる人がいなくなる。

三十代までは、「それはダメだな」などと警告を発してくれたり、

叱責を含めた小言を言ってもらえるのだが、四十代になると、そのような機会が激減する。

人間には小言を言われる年齢制限のようなものが暗黙の中にもあるようである。

だからこそ電話をいただいた女性のような存在は、とても大切である。

「あなたには、わからないでしょうね」

この言葉の続きを伺いに出かける日が待ち遠しい。
2005.04.22 / Top↑
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