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テレビが必要以上に字幕をつかうのは、本当に目ざわり。

「ここは笑いどころ」、「ここが大事なところ」といったことを強要されているようで、まるで学校の授業のよう。

ただの娯楽にすぎないのに。


笑いとは、その人の文化度にかかわる問題。
にもかかわらず、字幕はそれを画一化させてしまうもの。

字幕と同じように目ざわり、というより耳ざわりなのがスタッフらしき身内の笑い声を挿入する番組が多いこと。
なにが、おかしいのか、こちらにはわからないところで、その笑いがひっきりなしに挿入される。
本来、楽屋内の話を「トーク」と称してまるで芸のように公共の電波にのっけているから、おこるギャップであろうと思われる。
が、そればかりではない。
笑いの強要、画一化という重大問題がひそんでいるように思える。

そして、大事なことは、字幕、身内の笑い、さらにいえばお笑い芸人や、芸のないタレントを動員してのトーク番組が多いのは、テレビの人間の企画力が枯渇していることを認めているにすぎない。
すくなくとも、10年ほど前までは、面白い番組があった。
人間性はどうかしらないけれども、大橋巨泉がらみのクイズ番組は、企画力、構成力、キャスティングの妙、大人の会話などがちりばめられていて、記憶にはっきりと残っている楽しい番組であった。
以後、毎週楽しみにできる番組がジワリジワリと減っていることを、テレビの方々、認識が薄いのではないだろうか。
2005.03.11 / Top↑
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