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新潟日報が、奇妙な記事を書いた。

6月17日付けの佐渡版に、以下の見出しで掲載された記事である。



●建設進む二宮地区産廃処理



●住民が島内施設見学



●稼働後の問題点チェック





なぜ奇妙か?

まず見学した日付が記されていないことである。



釈迦に説法をするつもりはないが、“5W1H”は報道の「いろは」では

なかったか。

そのもっとも大事な“5W1H”のひとつ「When」が抜けているのは、

なぜなのか?



施設見学は6月3日に行われたと、なぜ書かないのか。

2週間も経てから記事にすることに、意図があると思われても仕方がな

いのではないか。



じつはこの記事を読む前に私は、ブログ記事の下書きとして、次のよう

にしたためていた。



 見学には住民、および各団体関係者、市議会議員など24名が参加。

 そして、案内役として県環境センターから2名、佐渡市環境保健課か

 らも2名、さらに佐和田支所長も同行してくれた。

 さらに心強かったのは、新潟日報、読売新聞の2名の記者も随行して

 くれたこと。

 プロのジャーナリストの眼と耳は、行政や事業者に大きな重しになる

 に違いないのだ。



最後の2行を、訂正しなければならない。

住民の感情を逆なでするような記事を書く新聞記者の随行は、むしろ行

政と事業者を喜ばせるだけであった。

としなければならない。



いったい、この記者の眼と耳は、どうなっているのだ。



たとえば、まず最初に見学した越前工務店本社の施設である。

あらかじめ手渡されていた資料には、こう記されている。



・業種 処分業

・事業の区分 中間処理

・処理方法 破砕

・扱う品目 木くず、がれき類

・収集・運搬の有効期限 H19.3.30

・処分業の有効期限 H20.8.18



処理施設に入ってすぐに目に飛び込んできたのは、がれきの山、木くずの

山。

もちろん、野積みである。

そして、金属類の山である。

これは、扱う品目にはないものである。



知識を持たない人間には、じつに不思議な光景であるが、少しでも知識あ

る人間には当たり前の光景なのだそうだ。



つまり、産廃は「自社処分」と「委託処分」にわかれていて、自社が解体

するものに関しては扱える品目外であっても処理が可能なのだという。



素人には、「うっそぉ~~」と叫びたくなるようなことが産廃施設の現場

では展開されているのである。



しかも恐ろしいのは、木くずであれ、がれきであれ、金属類であれ、いつ

から野積みにされているのか、不明である点である。

山の表層部分から処分しているのだから、下層の中心部分は、おそらく永

遠に置かれたままではあるまいか、と思いたくなる。



そこに雨が降る。これから梅雨時である。

その雨水は、どこに流れていくか。

野積みしているところは、コンクリートでもアスファルトでもなかった。

ただの地面である。

雨水は当然地下に浸透していくのではないのか。



このように「自社処分」という名目で半ば最終処分場化している実態が目

の前にあったのである。

それを見過ごすジャーナリストなど、いらぬのではないか。

というよりも、新聞記者ならば、その点を行政なり、事業者に「なぜ放っ

ておくのか?」と突っ込んで取材すべきではないのか。





さらに、もう一点。

焼却炉があった。

木くずを処分するものだという。

しかし、資料には、処理方法として「破砕」としか記されていない。

にもかからず、ここでも「自社処分」と称して焼却炉が設置されているのだ。



この焼却炉から黒い煙が立っているのを近隣住民は何度も目撃しているのだ。

目撃だけではない。

「洗濯物が真っ黒くなってしまう」という苦情まで出ているのだ。



本来、黒い煙は出ないはずである。

ダイオキシン対策として焼却温度を800度に設定しなければならない。

それ以下であればダイオキシンが発生する。

同時に黒い煙がもうもうと上がるのである。



この焼却炉にしても、「自社処分」という法律内のことであるかもしれない。

しかし、現実にはザルのような法律であり、やる気になれば産廃業者のやり

たい放題であることが、このふたつのことだけでも、わかるのではないか。

そうしたことを、なにひとつ報じないで、その記事では、こう締めくくって

いる。





 施設の担当者は「中間施設がなければ、建物の解体費用が増え、島内のコス

 トが跳ね上がる」と、施設建設の理解を求めていた。





記事に意図がある、と感じるのは、見出し、記事の中身だけではなく、こうし

た締めくくりをしているからである。

業者と行政の言い分を、強く印象づけているだけはないか。



損するのは、島民ですよ、二宮地区の人たちさえ黙って我慢すれば解体費用も

安くなるんですよ、

と、業者、行政に代わって新聞記者がささやいているのである。

まるで、施設の操業に反対する二宮地区の人々の“住民エゴ”と言わんばかり

である。





見出しの「稼働後の問題点チェック」にしても、これではまるで住民が稼働を

認めた、という印象を読者に与えるのではないのか。



本文でも「稼働後の問題点を考えようと企画した」と書いているが、いったい、

これは誰のコメントなのか?

少なくともこの見学会を企画した人物に話を聞いてみると、記事とはまったく

異なる。



「現実の産廃施設で何が行われているか、それを見れば、できてしまったもの

は仕方がないと安直に認めてばかりではいられなくなるだろう。操業反対の声

も強くなるに違いない」



なぜ、こう書かずに、「稼働後の問題点を考えようと企画した」とするのか。





本来、見学会の報告レポートのつもりであったが、新潟日報の記事があまりに

も業者・行政に偏向しているので、視点を変えて書いた。



次回は、本来のレポートにするつもりであるが、記事の締めくくりの部分、

「中間施設がなければ、建物の解体費用が増え、島内のコストが跳ね上がる」

に異議があるので、そのことについても書く。
2005.06.19 / Top↑
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