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佐渡は海藻の宝庫で、冬の荒波の中で育つ岩ノリから始まり、ながも、ぎんば草、わかめ、めかぶ、あらめ、ときて、いご草、そして、この夏の時期になるともずくが、店頭にならぶ。
どれもこれも、その味わいの深さに、だまってうなづくか、ほほ笑んでしまうような代物で、よく使われて手あかのついた表現をするならば、「ミネラル分が豊富に含まれている」ということなのでしょうか。


石もずく
(クリックすると写真がでかくなるようです)

これは採れたての「もずく」です。
さっと水洗いをして、小石やよごれを取り除いてザルにあげています。
色もツヤもいいでしょう。
お湯に通すと、これまた素晴らしい色合いに大変身します。
ほら、鮮やかな緑色になるのですね。




茹で石もずく 




これは、「石もずく」という種類です。
しゃきしゃきした食感でいながら、粘りもあり、ただ醤油をかけてかきまぜ、つるつると口に流し込めば、たちまちとりこになるほどの味わいです。
酢の物はもちろんのこと、冷たいそば、温かいそば、いずれもつゆに入れて食べると、まるで「とろろそば」のような印象。
さらに、味噌汁にはなしてもいいし、酒を飲んだ後にもずく粥などにして食べるのもいい。

このうまさを味わうには、いかに物流が発達したとはいえ、やはり、地元に来なければなりませんて。
これぞ、地産地消…。


話はちょっと変わりますけれども、佐渡では、「地産地消」に一生懸命に取り組んでいるようです。
最近も、消防署跡に店舗を構えて「地産地消」を大々的にやっておるのですが、評判があまり芳しくないのは、なぜでしょうね。
いろいろな人が、いろいろなことをおっしゃっておりました。

「うちにも来たよ、商品を出してくれって。だけど、マージン15%とって、しかも残ったものは、返品するって。冗談じゃない。うちは魚屋だ。返品なんかされてもどうもならんて」

「マージン28%ときいたがな。ぼったくり」

「税金を使って人を雇い、殿さま商売で、一般の店を苦しめ、民業を圧迫しているだけじゃないか。こっちは給料払うために頑張ってるのに、やつらは税金を食い物にしている」

「地産地消といいながら、東京のショップにも商品を出すってんだから、なにが地産地消だ」

「せっかく直売店が軌道に乗ってきているのに、横からおいしいところだけかっさらっていくようなもんだ」

「だいいち、あんな高いもの、誰が買うんだ?」

「米粉のパンを給食に出しているけど、うまいはずがないだろ。市と県が補助金だして、2700万だかの米の製粉設備を作ったはいいけど、食わされている子供たちが可愛そうだ。だいいち、そばの製粉施設もあちこちにつくったけど、あれだっていまやクモの巣がかかっているから、米粉も同じことになるのは目に見えてる」

というような話が、酒席で語られておるのを、旗振り役の高野市長はご存じなのだろうか…。

地元の人が安く手に入れ、おいしくいただく。
これぞ地産地消なのだけれど、これを商売、儲けの種にしようとすると、宮崎のマンゴーのように、それこそ地元の人も食べることのできないような高価なブランド品となりかねない。
どこが地産地消なのだ? と素朴な疑問が生じてくるのでした。

そういうわけで、佐渡産のもずくを、佐渡でたいへん美味しくいただきました、という話でした。



2010.07.26 / Top↑
こんなことを申し上げても、詮ないことですが、腹が立つほど、暑い。

みなさん、熱中症に気をつけてくださいね。

それにしても、昔々、高校時代、クラブ活動での話ですけど…。

「練習中は水を飲んではいけない」

そういわれておりましたよ。
いまから考えればとんでもない話です。

夏の暑い日、とりあえず、足腰を鍛えるために走れという。
10キロぐらい走って帰ってくる。
汗はダラダラ、喉はカラカラです。
死ぬほど、喉が渇いておりますのに、
「水を飲むなよ」
と、じつに理不尽なことを先輩らはおっしゃる。

「水を飲むと疲れやすい」
なんてことを聞かされたような気がしますが、なんの根拠があったのでしょうか。

先輩の言いつけを守っていたら、それこそ、全員、熱中症でぶっ倒れ、意識不明のまま冥土に向かったでしょうね。
それぐらいハードな練習でした。
それでも一滴の水を飲んではならないというのですから、よく生きてこれたものだと思いますが、
不思議なことに誰一人として倒れるものはいないばかりか、ピンピンしておりました。

水飲み場へ行きますと、強面の先輩が
「うがいだけにしとけよ。飲むなよ」
と、そういいますから、
「はい」と力強く返事をしつつ、うがいをするふりをして、ゴクゴク、ゴックンと飲む。
おそらく全員がそうしていたに違いないんです。

「お前、いま飲んだろ」
そう指摘されても、
「いえ、うがいだけです」と応えておけば、確かめようがありませんから、それで済む。

とにかく、1年違えば天国と地獄のような鉄の規律がありましたから、先輩の言うことは、白でも黒といえば黒なんです。
水を飲むな、と言われれば、死んでも飲んではならないのです。


と、表向きは、そうなっておる。
しかし、世の中というのはコインと同じで、表があれば裏もあるのですね。

表向きは、先輩の言うことは「絶対的に正しい」のだから逆らってはいけない。
だから、ゴクゴク飲んでも「うがいだけです」と言っておけば、
「そうか、よし」と、先輩のメンツも立つわけです。

それを「飲んでしまいました」と正直にいえば、
「なに、こら」と、怒りたくないのに、怒らなければならないという状況になります。
余計な波風が立つというもんです。

たとえば、こういうことでしょう。
交番の目の前に駐車しようとする奴がいますね。
まさかとは思いますが、警察官のいる前で、立ち小便してしまう奴もおるかもしれません。

「本官をなめとんのか」と警察官もいきり立つに違いありません。

そこでちょっと気をつかう。
心配りです。
交番から見えないところに駐車する。
警官から離れたところで、立ち小便する。
そうしてやれば、たとえ発見しても見て見ぬふりもできる、とそういうことなんでしょう。

そういう心づかいというもの、とくに相手のメンツを立てるとか、人の世には表と裏があると、そういうことを高校時代に体験として知ってしまったものですから、そういうことには無頓着にわが道を生きている人を時々見かけますが、あちこちで衝突したり、火花が散って生きづらいだろうな、と同情してしまいます。

世の中には理不尽なことをいう人がおります。
そんなときは、嘘も方便、ちっともわかっていないけれど、わかりました、と言っておけばよろしいのですね。
それで相手のメンツが立つのなら、それでいいではありませんか。

この暑さの中、なにも熱くなることもないのです。


いま、世の中というのは、裏というものを排除してかかる傾向にありますけど、表があれば必ず裏が存在するのですから、片方を排除しても、新たなる裏が生れるのですね。

相撲協会が表なら、裏は?

相撲は日本の伝統文化として存在もしていますが、その伝統文化の中には、裏社会が興業を仕切ってきたと、そういう歴史が厳然としてあるんですね。
その土地の顔役や世話役が勧進元になって地方場所の興業を行ってきたのですが、ある時から日本の警察は、顔役、世話役といった人々、マフィアでいうところのゴッドファーザー的な存在も、なにもかも一色たんに「暴力団」と名付けて排除しにかかった。
その結果、地方の顔役は不在になり、自治の意識はうすれ、なにか問題がおこれば自分たちで処理できず、警察に頼るという仕組みが出来上がり、裏社会は、ますます裏へ裏へと潜行…。
深くふか~く潜行してしまったために気がついたら裏の裏は表だったとばかりに、ヤクザなんだか、一般企業だか、よくわからない会社が急増し、知らぬ間に「暴力団」関係者とかかわりがあったということになっていく。

とにかく裏はいけない、闇もいけない、小沢一郎はいけない、と言えば言うほど、おかしな世の中になるぞ、と嘆きたくなりますね。

「清く、正しく、美しく」

世の中が宝塚のようになったら…。

それはそれで楽しいか


2010.07.21 / Top↑
参院選挙の結果、やっぱりな、との印象以外になし。

選挙直前になって「消費税10%」と具体的な数字を上げれば、「現在の倍」という強烈なインパクトに、カン民主がぶっ飛ぶことは素人でも予測できた。
それをあえて訴え出たのは、なにかワケでもあるんだろうか、と裏に隠されている事情について知りたいと本気で思う。
なにか勝算があってのことなのでしょう? と。

このことは普天間基地移転問題で「最低でも県外」と堂々と言っていたハト前総理にも感じたこと。
なにか、しっかりとした根拠があっての発言だと思っていたし、なにか隠し玉でもあるのだろうな、と楽観視していたけれど、な~んもなかった。
肩すかしもいいところで「抑止力」なんて冷戦時代の言葉を突如浮上させて、県内移設をアメリカと約束しちゃったというのだから、お話にならない。

ハト&カン、両者とも、ただの読み違えというのか、権力の頂点にいるという自信が過剰になってトチ狂い、あのような空手形、および独り合点的な言辞になるのか…。


カン総理、おそらく50年先、100年先の日本のことを考えての発言というに違いないけれど、一歩というより、半歩先のことも読めない政治家なんかに、この国を任せておくことはできないと思う。

なにしろ今回の参院選挙で、民主が勝ち、単独で過半数の議席を得ていれば、3年間は安定政権となっていた。
その間に消費税10%にアップさせるどころか、20%でも可能だった。
そうして教育、福祉の充実を可能にもした…。


といって、わたくし、消費税10%うんぬんの話は大反対の立場。
この財政難ではしょうがない、と思っている方もいる。
ギリシャのように財政が破たんしたら、えらいこっちゃ、と思い込んでいる人もいる。
だから「消費税10%」の本家本元の自民が勝ったのだろうと想像する。

しかし、
「増税は究極の無駄使い」
と看破しているのは、名古屋の河村市長。
この方のおっしゃっていること、じつに的を射ている。
増税すれば、かならず形を変えて無駄使いが行われる、と主張しているし、
「政治家の仕事は、増税ではなく減税にある。減税こそ最高の景気対策」
と言い切って、気持ちがよい。
ためしに「河村たかし 減税」で検索してみると、なるほど肥大化こそが仕事と思っている役人にカン総理もだまされているな、と想像もつく。


ためしに家の奥方に聞いてみるといい。
なんの努力もせずに永続的に5%収入がアップしたら、どうする?
それでも足りなかったら将来、10%、15%アップもできるんだけど…。
ある女性は、「100円ショップに行って、買いたいだけ買ってくるかな」と可愛いことをおっしゃった。
また、ある方は「とにかく、欲しいモノ、すぐに買いに行くな…」と、ウキウキして言った。
「欲しいモノというのは、必要なモノとは違うんですよね。無駄使いですよね」とも付け加えた。
これが、カン総理の言う「増税は景気対策にもなる」なのだろう。

家庭ですら、そうなのだから、法律さえ通してしまえば、あとは寝ていても、ふんぞり返っていても、どんどん入ってくる税金という収入。
これほどおいしい収入源はない。
だから増税はやめられない、と。
それが権力の側にいる人々の本音。

絶対的権力をもっていた王制時代のイギリスでは、税金をどんどん上げて庶民を苦しめた。
王様と、その側近政治では、生活が立ち行かないと登場したのが、いわばボランティアで政治を行う人間。
これが、そもそもの民主的な政治の始まりとなった。
そして、その政治家の最初の仕事は減税であったと、河村市長殿はおっしゃるのだ。

名古屋の市民には申し訳ないけれど、9月に行われる民主党の代表選挙にはぜひ河村氏に出馬を願いたい。




2010.07.13 / Top↑

先のブログでは、いったん設定したら、何年もそのまんまでした。
設定の変更もしなければ、プロフィールの写真も、そのまんま太蘭。

しかし、今回はパソコンについてお勉強しようとばかりに、とりあえずブログの設定についてあれやこれやといじっております。
思い通りの設定ができるかと思えば、どうも様子が違うといったものもありまして、なかなかスムーズにはいかず、時間ばかりが経ってしまいます。

なぜかと申しますと、なにより言葉がわからない。
言葉はわかっても、その意味がわからない。
意味がわかっても、その結果がどうなるか、わからない。
わからないから、調べる。
調べれば調べるほど、わからない言葉が増える。
そうしているうちに本筋からはずれて、気が付いたら、違う作業を行っている。

と、まあ、この繰り返しでして、まったくもって、女房とパソコンは思う通りにはいかないものですね、先輩諸兄のみなさま。

さて、余計な話はおいて、今日は、リンクについてのお勉強でした。

先のブログでは、産廃関係のブログのみ、リンクしていましたのは、ことの性格上、リンク先にご迷惑がかかるといけないと思い、一般のブログに関しては、リンクしておりませんでした。
しかし、ブログ管理者本人のところに、なんら問題が起こりませんでしたので、今回は、知人を中心に「どうしているのかなぁ」と、時々のぞいているブログを、軒並みリンク…。

事後報告になりますが、みなさま、勝手にリンクを貼らせていただきました。


「迷惑だ!」と、お怒りの方、いらっしゃらないとは思いますが、万が一、そのような方がいらっしゃれば、ご一報くださいましね。





2010.07.10 / Top↑
しばらくご無沙汰しているうちに、サッカーのワールドカップは始まるわ、相撲界が野球賭博問題で大騒ぎをしているわ、カン総理だからなのか、なにをカン違いして安定政権を築くチャンスを目前にしながら、なんで「消費税10%」などとおっしゃるのか…、と書きたいことが山ほどもあって、どこから手をつけていいのやら…。

まずはめでたくベスト16入りしたサッカー。
戦前のマスコミ、評論家諸氏、およびにわかサポーターの面々、岡田監督に対して、あの悪夢の4連敗に罵詈雑言、誹謗中傷の嵐。
が、本番が始まるや、岡田ジャパンの大活躍に、お得意の「手のひら返し」をやってのけた。
みっともない。

ついでに言えば、開催国南アフリカの治安の悪さについてマスコミはさんざん恐怖をあおっていたけれど、その後の報道がまったくないのは、どういうわけだろ?
あのあおり方からいえば、日本人の1人や2人、殺されていなきゃならないぐらいの印象をもったが、テレビ報道を見るかぎり、犠牲者はゼロだ。

それにしても、あのブルセラだか、ブブゼラの騒がしいこと。
アフリカとは関係のない国同士の戦いにまで、あの蚊と蠅と蜂が渾然一体となって頭のまわりを飛び回っているような不快な音を鳴らし続けるのは、犯罪に近い行為。
ついでのついでに言えば、ブブゼラを大量に作って、売りさばいているのは、アフリカから遠く離れた中国だという…。
だからどうした? という話だけど、騒音の元凶を世界中にばらまいているようで、文句のひとつもつけたくなるだけのこと。


さて、ややっこしいのは、大相撲の賭博問題。
佐渡横綱珍議委員会(以下、略して佐渡ヨコチン)には、どこからもコメントの要請はないけれど、黙ってはいられない。
博打は、人類が最古の昔からやってきたお遊び。
自分のカネで遊んでいるのだからいいではないか、と言ってしまえば、身も蓋もないか…。

要するに問題は、暴力団がらみにあるらしい。
資金源になっているからいけないのだという。
ならば暴力団を壊滅させればよい。
しかし、壊滅させる目的だったのかどうかは知らないけれど、暴力団対策法というザル法が、90年代から施行されてから暴力団をさらに極悪にした。
表看板を取り外して地下に潜行、振り込め詐欺やら弱い者からカネを奪うような「経済ヤクザ」がバッコしたのも、この暴対法の影響。
昔は、堂々と「おれたちはヤクザだ、文句あっか」とばかりに事務所には看板をかけ、一見して、それとわかる服装だった。
ところが、近頃はヤクザだと思っていたら刑事だったり、ただのオッサンだったりする一方で、サラリーマン然とした男、あるいは気のよさげなイケメン風がヤクザだったりするから、見分けがつきにくい。

壊滅させるならば、「入り」を制すればいい。
カネではなく、人だ。
暴力団に入る人間を作らないのが、もっとも有効な方法なのだが、社会が、そうなっていない。
学業成績の悪い者、それを落ちこぼれ、と称して蔑視。
それらの子供たち、社会から相手にされないから、結局は裏の社会への向かうのは、当然の流れ。

あるいは、差別。
就職もままならぬ者たち、昔は日雇いといった派遣労働、裏社会に通じる手配師が面倒をみるのは、いまもそうかわらない。
社会に差別があるかぎり、暴力団への人材が供給されつづけられるのは、当たり前の話だ。
だから「格差社会、なにが悪い」と放言したコイズミという男、ろくでもないと言っておかねばならぬ。

さらに言えば、刑務所から出所した人々。
これまた喜んで採用しようという企業もないし、俺が面倒をみようなどという奇特な人も少なくなっているから、結果的に刑務所でやさしくしてくれた「組の者」が面倒をみるという構図。
刑務所に入ったら更生するより、さらに悪くなるといわれているのだから、ここも改善していかねばならぬ。
と、あげていけばキリがないけれど、暴力団を育てているのは社会の側であることを認識すれば、今回の野球賭博問題、うすうす妙な話だと気がつく。

だいたい暴力団とかかわりのない者が相撲協会にいるとは思えない。
いるとすれば、貴乃花親方と、その人脈ぐらいか。
人脈、つまり貴乃花が理事選挙に出馬、その時に票を投じた者たちが、いわば暴力団とは無関係の位置にいる。
おそらく貴乃花の兄弟子だった大嶽親方も、同門の琴光喜も、一票いれたくちで、暴力団幹部とのかかわりをもっていなかったために、脅されて困ったあげくに相談したのが警察だったというごくまじめな態度。
この方々、もし仮に暴力団の幹部と知り合いであったならば、問題はあっという間に解決して、世間に知られることはなかった。
だいたい野球賭博を仲介していたといわれる元幕下力士というチンピラを抑え込むのは、力もいらない。
暴力団の幹部の「手を引け」との一声でおさまっていただろう。

相撲協会の守旧派、つまり、暴力団とズブズブの関係にある人々が貴乃花人脈を切って捨てて解決をはかろうとしたから、貴乃花親方は退職届を理事長代行に提出したのだろう。
なんとも皮肉で、情けない話だ。


さて、賭博はなぜいけないのか? と素朴な疑問を提出したい。
競馬、競輪、競艇、オートレース…。
国家がこれらのギャンブルを仕切るのは健全で、暴力団が胴元ならば悪徳となるのが、どうにも腑に落ちない。

報道機関は、暴力団の資金源になるからいけないのだ、という理屈を流しているけれど、ならば、その賭博を資金源にさせているのは、だれか? という話だ。
国家が法律で賭博を禁じているから、博打好きは裏社会に入り込んで、危ない賭けをやらざるをえないのだから、すべての賭けごとを合法にすれば暴力団の出番はなくなるのは、だれが考えても明らか。
要するに、暴力団の資金源を断つというのなら、それこそイギリスのブックメーカーのごとく、すべてのスポーツを賭けの対象として合法であると宣言すればよろしい。

ためしにブックメーカーを検索してみるといい。
今回のワールドカップの優勝国は当然、日本の野球だって賭けの対象になっているし、アメリカで大統領選挙がおこなわれるとなれば、それも賭けの対象とする。
カネを賭けるのだから、サッカーであれ、野球であれ、政治であれ、猛烈に勉強する。
カネを賭けるために勉強するから、応援にも熱が入る。
だから、日本のような「にわか」ではなく、本物の熱狂が生じるのだ。

暴力団の資金源になるから野球賭博はいけないのだ、というのならば、ぜひ、イギリスに学んで、賭けごとすべてを合法化していただきたい。
そうすれば、暴力団の資金源の一角をくずせるばかりか、琴光喜、大嶽親方に、なんの問題もないことがわかる。

この野球賭博にからむ相撲協会について、まだまだ書きたいことはあるけれど、長文になりすぎるので、ここらで止めておく。


2010.07.09 / Top↑

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